第517話

「ど、どうぞお入りください!」


 少し緊張した様子でそう言う萌乃香ものかに従い、僕たちは開かれた扉から中へと入る。

 その先にあったのは意外にも綺麗に整頓された……ように見える部屋だった。

 普通に目に付く場所、例えばセールスが押しかけてきたとして、その人でも見る可能性があるだろうという場所は掃除が行き届いている。

 ただ、『掃除が苦手』という情報を得ているこちらとしては、ついつい陰と陽の陰の部分に目が向いてしまうもので―――――――――。


「あら、こんなところにほこりが……」

紅葉くれは先輩、ドラマでよく見るしゅうとめみたいですね」

「ちょっと気になっただけよ!」

「あ、すみません。姑さんはこんなに小さくないですよね」

「……タンスの裏に押し込んで、埃と一緒に掃除機にかけてやろうかしら」

「私をゴミ扱いしていいのは、世界中でお兄ちゃんだけなんですよ?」

「意味不明すぎて逆に感心するわ」


 さすがに妹をゴミ扱いするなんて、むし自分の方がダメージを負いそうなのでやらないが、本物のゴミは部屋に残しておくわけにもいかない。

 萌乃香には悪いけれど、このままだと奈々ななと紅葉が許してくれなそうだからと説得して、掃除のやり残しを片付けてしまうことにした。


「萌乃香ちゃん、こういう手の届かないところはク〇ックルなんかを使うのよ」

「それならあります!」

「……あるならどうして使わないのよ」

「じ、時間がなかったんですぅ」

「はぁ。最初、どんな状態だったか見てみたいわ」

「見ますか? 写真ありますけど」

「あなた、変わった趣味があるのね」

「違います! どれくらい変わったかが分かると楽しいじゃないですか」

「それ、写真に映らないところが綺麗じゃなきゃ意味ないのよ」

「ご、ごもっともです……」


 ドラマの中の姑のような意地悪ではなく、ちゃんと萌乃香のことを想って叱ってくれているのが分かるから、見ていてなんだかほっこりする。

 その間も奈々がせっせと掃除をしてくれていたおかげで、隠れた埃問題はあっさりと解決した。

 ただ、それよりも大きな問題の気配を感じた僕は、不安の匂いを辿った先にあった押し入れをじっと見つめる。


「そう言えば、本棚にあまり本が入ってないよね」

「そ、それは……最近処分したんです!」

夢香ゆめかさん、掃除をすると本棚が倒れるって言ってたけど」

「っ……」


 今の彼女の表情に効果音を付けるなら、明らかに『ギクッ』が最適だろう。

 それくらい図星をつかれたらしい萌乃香は、崖っぷちに追い詰められた犯人のように真実を話し始めた。


「ほ、本当は全部押し入れに詰め込んだんです……」

「やっぱりね」

「道理で扉が微かにギシギシ言ってると思ったわ」

「この中もお掃除が必要そうですね」


 ギラギラと目を光らせるお掃除バスターズの2人がジリジリと押し入れに近付いていくが、萌乃香は彼女たちの前に立ち塞がって両手を広げる。

 どうやらここだけは開けて欲しくないらしい。それでも、今にも何が起こってしまいそうな扉を前にして、のんびりとお喋りをする気にはなれなかったのだろう。

 2人はお互いに顔を見合わせると、紅葉が右へ、奈々が左へと移動し、捕まった奈々をおとりにして紅葉が押し入れのロックを外した。そして。


「きゃぁぁぁぁぁぁ!」


 彼女は叫び声とともに、崩れてきた本やらぬいぐるみやらの下敷きになってしまう。

 慌てて助け出したからよかったものの、もし一人だったら大変なことになっていたかもしれない。

 僕たちは紅葉に怪我がないかどうかを確認した後、飛び出してきたものを分別してあるべき場所へと戻すことにした。


「これを機に、部屋の綺麗さを保つのよ」

「紅葉ちゃんの犠牲のためにも肝に銘じます!」

「別に死んじゃいないわよ」

「えへへ、そうですね♪」

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