第514話

 ウトウトしていたノエルが再びイヴに襲われそうになっていたその頃、瑛斗えいとたち3人は桃山ももやま家に到着していた。


「ごく普通の家ですね」

「代わり映えのしない家ね」

「2人とも、その通りだけど失礼すぎるから」


 一体何を期待していたのか、「巨乳は家が大きいって噂は嘘だったのね」「これなら、小さい方がお得までありますよ」なんてコソコソ話している2人を軽くデコピンして止める。

 ここから先はこんなことを言っていては、最悪追い出されるどころか萌乃香ものかと関わることさえ禁じられかねないのだ。

 郷に入っては郷に従えという言葉があるように、その場所その場所に合った在り方に沿う生き方も、時には必要なのである。


「2人とも、別にわざと仲良しでいなくてもいいよ。でも、いつもみたいに軽口を叩き会うことだけはやめてね」

「それ、もう3回は聞いたわ」

「お兄ちゃんは私たちを舐めすぎだよ」

「発情期の犬くらい舐めてるわよね」

「……」

「……」

「……え、無視するほど?!」

「紅葉、ちょっと何言ってるか分からない」

「わからなくてもわかりなさいよ!」

「無茶言わないで」


 その後、『バカにしてるという意味の舐めてると、犬がじゃれついてくる時の舐める行為を掛けた』と説明された僕が、「それくらいわかってる」と答えた瞬間に真顔でボコボコにされたことは言うまでもない。

 それを見た奈々も何かを言いかけた口を噤んだかと思えば、こっそりと電信柱の陰に隠れて事なきを得ていた。

 妹に下された制裁をも引き受けたと思えば、兄冥利みょうりに尽きる。ズキンと痛むみぞおちのためにも、そういうことにしておこう。

 そんなことを思いながら腹部を摩っていると、僕たちの声を聞き付けたのだろう。玄関のドアがガチャリと開いて女性が顔を覗かせた。


「……あの、ウチに何か用ですか?」


 向こうからすれば見ず知らずの人間が家の前で騒いでいるという状況だ。警戒されるのも無理はない。

 第一印象から失敗してしまった感は否めないけれど、こういうのはオドオドとしていては悪化するだけだ。

 そう考えた僕は、すぐに門の傍まで近付くと、自分が怪しいものではなく萌乃香の友人であるということを伝えた。


「そう、あの子の友達なのね」

「はい。今日はぜひ遊びに来て欲しいと言われたので、みんなを連れてきました。ご迷惑でしょうか」

「お友達なら問題ないわ。でも、ごめんなさいね。あの子、お友達関係で色々あったから……」

「……それって『まもの』の件ですよね?」

「あら、そこまで話してるの。相当信頼されてるみたいね、安心したわ」


 口ぶりから察するに、『まもの』だといじめられたことについては、普通の友人にすら滅多に話すことがないエピソードだったのだろう。

 自分がそれほど信頼されるに値する関係だったかは分からないが、萌乃香にとってそういう存在になれているのなら嬉しいね。

 色々と彼女の体質が引き起こす不幸とやらに巻き込まれた甲斐もあったってことなのかな。


「3人とも、上がって。萌乃香ならまだ片付けが終わってないみたいだから、リビングで待ってるといいわ」

「相当汚れてたんですね」

「あの子、掃除をすると始める前より汚しちゃうのよ。本棚の棚が壊れて本が落ちたり、掃除機が爆発したり」

「相変わらず不幸体質は重症なのね……」


 容易に想像できてしまう惨状に紅葉が頭を押えていると、キッチンの方からお茶を入れたコップを持ってきてくれた萌乃香母が短くため息をこぼす。

 それを聞いてまずいことを言ってしまったかと彼女は肩をビクッとさせたが、どうやらそうではないらしかった。


「あの子が不幸体質になったのは、母親である私のせいなのよ」


 どこか思い詰めたような表情で「少し、話に付き合ってくれる?」と言われた僕たちは、断るわけにもいかず首を縦に振るのであった。

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