第513話

 あの後、少し遠回りだけれど麗華れいかのことを誘いに行ったところ、『お嬢様は旦那様と一緒に出られております』と言われてしまった。

 庭掃除をしていたメイドさんが教えてくれたことによると、白銀しろかね家の一人娘(という言い方は複雑だけど)である麗華は、いずれ家の仕事を引き継ぐことになる。

 そのため、時々仕事の様子を見に行って、今のうちはどんな仕事なのかを大まかに見させてもらっているんだとか。

 つまり、早ければ十数年後にはメイドさんたちの主人は正式に麗華になるわけだ。想像すると何だか微笑ましいね。


「不在なのは仕方ないとして、結局奈々なな紅葉くれはだけになっちゃったね」

「友達がたくさんいるところを見せるんでしょ? 3人だけで大丈夫なのかしら」

「紅葉先輩からすれば、一人でも多いんじゃないですか?」

「ええ、そうよ?」

「なっ……ひ、開き直った……」


 いつもなら怒るはずのタイミングだというのに、予想外の反応を見せられたことで奈々は思わず動揺してしまう。

 その隙を見計らったかのように、紅葉は少し不貞腐れたような表情でボソッと呟いた。


「言っておくけど、奈々ちゃんも一応友達の枠に入れてるのよ? 仲良くさせてもらってると思ってたのだけど」

「そ、そんな心にもないことを……」

「本心よ。正しいことをしたつもりだったのに、周りから無視されるようになった私にとって、こうして口喧嘩ができる相手はすごくありがたいの」

「せ、先輩がデレてる……」


 にっこりと微笑みながら「ありがとう」と伝えられれば、それまで抵抗していた奈々も一瞬で絆されてしまう。

 その様子を客観的に眺めていた僕からすれば、確かに心にも無い言葉ではないことは確かにだけれど、所々に演技が混ざっていることは明らかだった。

 ただ、それは奈々をからかうためではなく、萌乃香の母親の前で喧嘩をしてしまわないための雰囲気作りらしい。

 さすがは紅葉、こういうところに気を回せるのは、僕たちぼっちのユニークスキル『超観察眼』の成せる技だよね。


「それにもしも瑛斗えいとと結婚したら、あなたは私の妹になるのよ。そんな子を嫌いでなんて入れるはずがないわ」

「それはそうですけど……って、お兄ちゃんと結ばれるのは私ですから! しれっと奪わないでください!」

「ふふ、そうね」

「というか、その身長でお姉ちゃんなんて呼べませんし。むしろ、娘だと思われるレベルですよ」

「無理して呼ばなくていいのよ? じゃあ、初めは『紅葉さん』から初めましょうか」

「や、優しすぎて怖い……」


 やはり奈々にとっては言えば言い返されるという関係の方が丁度いいらしく、低反発枕のように全てを受け入れられてしまうと調子が狂うようだ。

 まあ、紅葉も紅葉で言われる度に指先がピクっと動いているし、ダメージがゼロというわけではないみたいだからね。

 怒りがボルケーノする前に諦めてくれて助かったよ。おかげで萌乃香の前では大人しくしていてくれそうだし。

 僕は心の中でそう呟きながら、昨日教えてもらった桃山ももやま家のある場所まで真っ直ぐに向かうのであった。


 一方その頃、黄冬樹きふゆぎ家では。


「ちょ、ちょっとイヴちゃん? とりあえず落ち着いて話そうよ!」

「……?」

「お姉ちゃんの言うことは聞かないとでしょ? こ。今回ばかりは本当にダメだから!」

「……」シュン

「そんな顔してもダメ!」

「……」ウルウル

「うっ、だ、ダメなものは――――――――」

「……あのさ、本当のお姉ちゃんは私なんだけど?」

「っ?!」


 無言ではもう限界だと察したのだろう。突然甘えモードから切り替わったかのようにそう呟くと、一瞬怯んだ隙を狙ってノエルの体を押し倒す。


「お姉ちゃんの言うことは聞かないと、なんだよね? じゃあ、命令される側は誰なのかな」

「わ、私……」

「物分りがいい子だね。ふふ、ご褒美にたくさん可愛がってあげる」

「待って、それだけは―――――――――」


 その後、前から興味があったらしい耳ふーをイヴにされ続けたノエルが、アイドルらしからぬ姿でぐったりとしてしまったことはまた別のお話。


「たまにはお姉ちゃんに戻るのも楽しいかも。ノエルちゃんもそう思うよね?」

「うぅ、わかんにゃいぃ……」

「ふふふ、そんな顔されたらもっといじめたくなっちゃうよ?」

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