第512話
あれから帰宅した僕は、
甘えてくれるのは嬉しいけれど、パーソナルな時間が少しもないというのはやっぱりむず痒いね。まあ、可愛い妹を強引に引き離したりはしないけれど。
そんなことを思いながら眠りに落ち、一夜が開けた今日。僕はそんな奈々を連れ、朝から
「こんな早くにどうしたの?」
「
「はぁ? どういうこと?」
「昨日、紅葉たちを連れて遊びに行くって約束したんだ」
「よくも勝手にそんなことを……」
「行かないの?」
「見て分かるでしょ、まだパジャマなのよ。外に出る気分じゃないわ」
呆れたようにため息をこぼす彼女に、僕はこの手段は使うまいと思っていたが、来てもらうためなら仕方ないと心を鬼にする。
「そっか、来てくれないなら仕方ないよね。じゃあ、奈々も来なくていいよ。僕一人で行ってくるから」
「お兄ちゃん、なんで私まで?」
「それより一人でって……いやいや、それはダメよ」
奈々に流れ弾が当たっているのは心苦しいが、ここはあえて一人で萌乃香の家に行くという部分を強調する方が得策だろう。
いくら萌乃香にその気が無いとしても、彼女も一応S級の生徒。ゲームとやらに参加する権利はあるはずだし、それ以前に紅葉からすれば抜け駆けされるチャンスでもある。
それをみすみす見逃すなんてことは、負けず嫌いな彼女に出来るはずもないのだ。何だか気持ちを弄ぶみたいで自分が嫌いになりそうだけれど。
そこは萌乃香のお母さんを安心させるためにも、自分を殺さなくてはならないだろう。
「あーあ、萌乃香のために友達が沢山いることをお母さんに見せてあげるって約束なのになぁ」
「うっ……」
「一緒に遊んだのに、紅葉は萌乃香を友達だと思ってなかったんだね」
「ぐっ……ぐぬぬ……」
「でも気に病む必要は無いよ。来てくれなかったら、萌乃香は悲しむと思うけど」
「ああ、もう! 分かったわよ、行けばいいんでしょ! 行ってやるわよ!」
「さすが紅葉、立派な僕の友達一号だよ」
「胸を張っていいはずなのに、どうしてこんなにもムカつくのかしら……」
そんなこんなで上手く紅葉を丸め込み、萌乃香に会ったことはないものの、妹としてこの機会に紹介しておこうと連れてきた奈々もパーティメンバーへ正式に加える。
今となっては紅葉よりも奈々の方が来る意味に首を傾げているみたいだけれど、そこは「別に家に置いていってもいいんだよ?」と言ったら素直に引っ付いてきてくれたよ。
「次はノエルとイヴを誘いに行こうかな」
「あの二人、萌乃香ちゃんと面識あったかしら」
「2人とも顔だけは合わせたことがあるはずだよ。ノエルの方は特にね」
「……ああ、S級の女子生徒が招集された時ね」
「そう。紅葉たちから話しか聞いてないけど。イヴは水族館で迷子になってた萌乃香を見てるはず」
「覚えてるかしら」
「覚えてなくても大丈夫だよ。2人とも人懐っこい性格だし」
「そう簡単に行けばいいわね」
そんな会話をしつつ、
ノエルも今日は家で動画を撮るだけの日なため、家にずっと居られるとのこと。
ただ、一緒に来てくれるかという質問には、紅葉とは違う意味で断られてしまった。
「ごめんね。その、イヴちゃんが……」
「イヴがどうかしたの? 熱とか?」
「ううん。昨日から私と家でのんびりできるのを楽しみにしてたみたいで……」
そう言われてチラッと家の奥を覗き込んで見ると、イヴが電気もついていない廊下の突き当りからじっとこちらを見つめているのが見える。
相変わらずの無表情だが、『ノエルは渡さない』という気持ちがひしひしと伝わってきた。
これはどう説得しても、2人の仲良しな時間を邪魔することは出来そうにないね。
「イヴ、ごめんね。やっぱり今の話は無かったことにするよ」
「……」コク
「ちなみに、ノエルの代わりに紅葉を置いて行ったとしたら?」
「……」フリフリ
「だよね、知ってた」
「ちょっと、どうして流れるように私がダメージ受けないといけないのよ!」
「大丈夫、イヴにとってノエルは替えのきかない存在ってだけだから」
「その慰めすら刺さるのよ!」
その後、余計なことをしたせいで怒ってしまった彼女が「やっぱり行かない」と意地を張ってしまったが、説得のために用意していた秘密兵器『飴玉』をあげたら許してくれた。
「……これ一個だけなの?」
「あと3つまでなら出せるよ」
「別に飴が欲しいわけじゃないけど、そこまでして来て欲しいなら断れないわよね」
「あ、ごめん。奈々にひとつあげたから2つしか残ってなかった」
「3つの約束よ、どう落とし前つけるのかしら」
「僕、優しい紅葉のことが好きだなぁ」
「……ふん、仕方ないわね」
何だかんだ飴一個の時点で上機嫌になってくれた彼女が、奈々の「先輩ってほんとチョロいですね」という言葉で真っ赤になったことは言うまでもない。
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