第511話

 コッコちゃんも近藤こんどうさんと紫帆しほさんに懐いてきたところで、僕はもう用無しだろうと柵の外に出た。

 そこで偶然にも帰る用意をしていた萌乃香ものかと会い、どうせならと一緒に帰ることになる。


「そう言えば、萌乃香の家って知らないよね」

「知らなくて大丈夫ですよ。人を呼ぶことなんてありませんし」

「友達が来たりはしないの?」

「無いですね。べ、別に寂しくなんてありませんよ……?」

「そこは疑ってなかったけど、わざわざ言うってことは寂しいのかな」

「うっ……」


 修学旅行での班行動の様子を見るに、彼女は良い友人に囲まれているはずだ。面倒見が良くて、迷子になっても文句を言わずに探してくれるのだから。

 それでも、家に招くかどうかは萌乃香の勇気次第なのだろう。なら、一友人としてその背中を押してあげることも必要なのではないだろうか。


「じゃあ、これから僕が行ってもいい?」

「ふぇ?」

「ダメならいいんだけど」

「だ、ダメじゃないです!」

「そう?」

「はい! ぜひ来てください!」


 余程嬉しいのか、「ふんふんふーん♪」と鼻歌まで歌い始める萌乃香。そんな彼女に「やった。これから行かせてもらうね」と伝えると、「わかりました!」という言葉の直後に「……へ?」という声も着いてくる。


「こ、こここここれからですか?!」

「何か問題でもあるの?」

「問題と言うかなんと言うか……」

「あ、もしかして部屋が汚――――――」

「違いますっ!」


 あまりに食い気味な否定が怪しいが、聞くところによると本日の訪問に消極的な理由は他にあるらしい。

 それには萌乃香の母親が関係しているようで、彼女は少しばかり面倒臭い人なんだとか。


「実は私、小学生の時にいじめられてたんです」

「え、大丈夫だったの?」

「当時は辛かったですけど、今となってはただの悪い過去ですよ」

「それならいいんだけど……」


 萌乃香が言うには、当時のいじめの内容は本当に下らないことで、主に男子から受けていたらしい。

 当時、周りの女子生徒よりも体の発育が顕著だった彼女は、要するに胸が大きかったのだ。

 デリカシーなんて持ち合わせていないクラスの馬鹿な男子がそれをからかったことから、ほかの男子まで言い始めてしまい―――――――。

 ただただほかの女子とは違うという理由だけで、『ももやま ものか』という名前の中心から取って、『まもの』と言うあだ名をつけられたんだとか。

 彼女の母親は、それを知ってから娘の交友関係に厳しくなったり、いじめというワードに過剰な反応を示すようになったらしい。

 高校生になってからは少し寛容にはなったものの、久しく家に人を招いていないため、母親が居る時に誰かを連れてくるのは心配とのこと。


「まあ、無理して行かせてもらわなくてもいいけど」

「でも、来ては欲しいです……」

「それなら、紅葉くれはたちも一緒ならどう? 女の子もいればお母さんも安心するかもしれないよ」

「おおっ、ナイスアイデアです!」

「それに、僕たちが仲良くしてるところを見てもらえば、きっと萌乃香はもう大丈夫だって安心してもらえるいい機会になるだろうし」

「それで行きましょう!」


 どうやら彼女も乗り気になってくれたようで、「早速、明日なんてどうです?」と提案してくれる。

 ただ、ふと何かを思い出したように「あっ」と声を漏らすと、聞こえていないと思っているのかボソッと独り言をこぼすのだった。


「掃除、間に合うかな……。ああ、あれもこれも片付けておかないとですぅ……」


 それを聞いた僕が、心の中だけで『やっぱり部屋は汚れてるんだ』と呟いたことは言うまでもない。

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