第510話

 コッコちゃんを捕獲してから少しして、向こうもこちらの存在に段々と慣れてきたらしい。

 捕まえて体に異常が無いかどうかのチェックを終えた後に比べれば、近くにいてもウロウロしてくれるくらいには落ち着いていた。

 そんなコッコちゃんは今、ちょうど容器に入れたエサをつついているところだ。

 ニワトリは食用として太らせるのなら、穀物をドカドカと食べさせるといいらしいけれど、ペットとして飼うなら健康的なものを与えるに限る。

 先生たちもその面にはかなり配慮してくれているようで、曜日ごとに与えるものを変えているらしい。

 今日は野菜を与えることになっていて、くちばしでもスムーズに食べられるようにと小さくカットされたものが並んでいた。

 特に青菜は不足しがちなビタミンAを補うのに必須なようで、これが足りなくなると元気に走り回れなくなるかもしれないとのこと。

 難しいことはよく分からないけれど、とりあえずコッコちゃんがいい環境で暮らせているのならよしとしよう。


「でも、飼育委員になるのが今日でよかったよね」

「一日ズレてたら、餌がミミズみたいなやつやったもんな」

「ミミズみたいなやつ?」

「ミルワームだっけ? 餌としては適してるらしいけど、紫帆ちんが虫は触れないからさ」

「なっ?! 別に触れないわけやないし!」

「あ、足元に虫」

「ひっ?! って、何もおらんやん!」


 実に楽しそうに「ふふふ、見間違えちった〜♪」とニヤつく近藤さんに、紫帆さんは拳を握りしめながら近付いていく。

 2人を比べてしっかり者な方の紫帆さんが実は虫を怖がっている……なんて情報は、数少ない弱点なのかもしれないね。

 だからと言って、それをネタにりんごジュースを脅し取ったりはしないけれど、恥ずかしさからか顔を赤くしている姿はなかなかに貴重そうだ。


「でもさ、そうやって女の子っぽさ全開の紫帆ちんってめちゃくちゃ可愛いよ?」

「か、可愛くなくてええわ!」

「瑛斗くんもそう思うよね?」

「まあ、可愛いんじゃないかな」


 聞かれたことに素直に答えると、紫帆さんのチラ見の対象は近藤さんから僕へと変更される。

 その瞬間、全てを悟った。あえてこちらに話を振ることで、怒りの標的をなすり付ける作戦にまんまとはまったのだと。


「瑛斗くん、可愛くないやろ? なぁ?」

「えっと、やっぱり可愛くないかもしれない……」

「はぁ? 誰が可愛くないや、あほ!」

「これ、どっちも怒られるの?」


 睨まれたら最後、どう足掻いても理不尽に怒られる未来が確定したデスルート。

 ノベルゲームで言うところの、恋愛対象外だった幼馴染がヤンデレ化して包丁を突きつけられるシーン。

 推理ゲームで言うところの、明らかに凶器が写っているのに、フラグが立っていないせいで『ここには何も無い』と主人公が自我を持ち始めるシーン。

 レーシングゲームで言うところの、ゴールの手前で2位が来るまで止まり、ギリギリでゴールしたかと思ったらもう一周残っていたというシーン。

 それらと同じくらい、ハッピーなエンドを諦めざるを得ない状況だろう。……良い例えを用意したはずが、もっとわかりづらくなった気もするけれど。


「まあまあ、紫帆ちん。そんな怒らんといたげて。瑛斗くんは見る目がないだけだからさ」

「……そうなん?」

「紫帆ちんが可愛くないわけないじゃん。少なくとも、私は可愛いと思ってるし」

「もう、すーちんはいつもそうやっておべっかばっかり並べて……」

「お世辞なんか言ってないよ。紫帆ちんの顔は、私が世界一好きな顔なんだから」

「……うっさいわ、あほ」


 実に百合百合しい光景を見せつけられている僕が悪者みたいな扱いを受けていることには納得がいかないが、彼女たちの少し行き過ぎた仲良しが健在なら日本の未来は明るいだろう。

 そう思うことにた僕が、近くに来たコッコちゃんを撫でようとして手の甲をつつかれたことはまた別のお話。


「ニワトリにまで嫌われてるのか……」

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