第508話
とりあえず、先生から言われていた仕事は一通り終わらせ、最後に綺麗に洗った専用の容器に野菜を乗せていく。
これを穴の近くに置いておくと、危険がないと判断したうさぎたちが出てきてむしゃむしゃと食べてくれるらしい。
どうせならハンドtoマウスで食べさせてあげたかったけれど、チラ見すらしてこない辺り足音にすら警戒しているのだろう。
そりゃそうだよね。僕だって
「とりあえず、外に出て待つか」
「そうだね。餌を食べてるかどうかは確認してって言われてるし」
「俺らのせいでうさぎが栄養ぶりなんてことになったら、もう社会に顔を出せないぞ」
「そんなに恐ろしいことになるの?」
「生き物対してはそれくらいの気持ちで接しろってことだよ」
さすがは動物大好きなバケツくんだ。僕がそう関心しながら脱走防止柵の外に出ると、何やら向こうから
どうやらこちらの作業が終わるまで待ってくれていたらしい。ただ、その表情を見るに、何か問題が発生したみたいだけれど。
「あの、
「ある程度ならね。あまり大きいのは苦手だけど」
「えっと、そちらの方は……」
「
「じゃあ、お2人にお任せしてもいいですか……?」
「何を?」
「その、オニちゃんへの餌やりをです」
彼女が言うには、爬虫類というのは野菜だけでなく虫も食べる。だから餌の中もコオロギがいるのだが、袋や手袋越しでもやはり怖いとのこと。
トカゲは平気で無視は苦手。気持ちは分からなくもないが、いつも元気な萌乃香にこんな不安そうな顔をされれば、こっちまで不安になっちゃうよ。
「わかった。フトちゃんの方は平気?」
「フトちゃんは大人になると野菜しか食べない種類のトカゲらしいので、もう虫は与えなくていいそうです」
「じゃあ、僕たちがオニちゃんを引き受けよっか」
「おう、俺が腹いっぱい食わせてやるぜ」
「ありがとうございます!」
心の底から安堵したようにホッとため息をつく彼女はまだ知らなかった。
餌やりを分担するということの大変さと、自分の不幸体質がここでも発動してしまうという未来を。
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数分後、無事にフトちゃんオニちゃんを引き離すことに成功した僕たちは、手袋をした手のひらの上に乗せたコオロギをオニちゃんに与えていた。
しかし、いわゆる『可愛い女の子』から餌をもらうフトちゃんに嫉妬したらしい。
動物にそういう見分けがつくのかは分からないが、僕ら2人を尻尾でシッシッとやったかと思えば、コオロギを口に挟んだまま萌乃香の方へと近付いて行ったのだ。
それに気がついた彼女は大慌て。萌乃香から餌を食べさせてもらいたいオニちゃんと、その餌を触りたくない彼女の鬼ごっこが始まることに。
「こ、来ないで下さいぃぃぃぃぃ!」
ついには隅っこに追いやられるも、トカゲに手を上げてはいけないという気持ちから丸くなることしか出来ない状態で絶体絶命。
さすがに助けに入ろうとするが、それをバケツくんは止めた。なんて酷いことをするんだとも思ったが、彼の指差した先を見て、その行動の意味を理解する。
ピィピィ
ゴツゴツな見た目からは想像しがたい可愛らしい鳴き声を発しながら近づいていくのは、フトアゴヒゲトカゲのフトちゃん。
彼……彼女……? どちらかは分からないが、フトちゃんは尻尾でコオロギを叩き落としてから、少し低めの声で鳴いたオニちゃんへ語りかけるように何度も鳴いた。
本当なはずはないがバケツくんの通訳によると、こんな会話をしていたらしい。
『ちょ、何すんだよ!』
『オニちゃん、彼女の顔を見て気付かないのか』
『……何がだよ』
『彼女はコオロギを怖がっている』
『なっ?!』
『君は自分の目的を見つけると真っ直ぐになる癖がある。いいところだとも思うが、優しい彼女を傷つけては意味が無いだろう?』
『た、確かにフトちゃんの言う通りだ……』
『大丈夫、いい方法がある。コオロギはあの男2人に食べさせてもらうとして、彼女からは野菜を貰えばいいさ』
『……フトちゃん、いいのか?』
『構わない。彼女は僕たちの飼育委員だろ?』
『くっ……恩に着るぜ……』
ただ、驚いたことに落ちたコオロギをこちらまで運んできたオニちゃんが、今度は野菜を持って萌乃香に近づいて行った。
それはもう、本当にバケツくんの通訳が正しかったかのように。フトちゃんもその様子を大人しく見守っている。
「きゃ、キャベツが食べたいんですか……?」
ピィピィ
「それなら私にもできます! えへへ、虫は怖いですけど、トカゲさんたちは可愛いです♪」
ピィピィ♪
結局、萌乃香がノリノリで2匹ともに野菜を与え続けたことでオニちゃんも満腹になったらしく、僕たちコオロギ隊の出番はなくなってしまうのであった。
「まあ、楽しそうだからいいかな」
「だな」
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