第507話

「周りはちゃんと見た方がいいよ」

「す、すみません……」


 萌乃香ものかの足の痛みも引いてきたところで、彼女が飼育を担当する動物を見てみることにした。

 A組はうさぎとごく平凡でありがちな動物だから、きっとD組も同じようなものだろう。

 そう思いながら壁を挟んだ向こう側のエリアへ移動した僕は、予想の中にはいなかったソレを見て目を丸くする。


「えっと、トカゲ?」

「はい! トカゲさんです!」


 うさぎのエリアとは違い、爬虫類用の床材や登れる木などが設置されたその場所では、2匹のトカゲがのんびりとくつろいでいた。

 今日のために昨晩はトカゲのことを勉強してきたらしい萌乃香によると、目がクリッとした方がオニプレートトカゲ、顎などに髭のようなツンツンがあるのがフトアゴヒゲトカゲなんだとか。

 どちらも40cm程と飼うのに適した種類のトカゲのようで、特にゴツゴツとした見た目のフトアゴヒゲトカゲは、なつきやすい性格の子が多いとのこと。


「確か先生がいくつか言葉を教えたと言っていましたね。言ってみますか?」

「初対面なのに反応してくれるかな」

「大丈夫ですよ、瑛斗えいとさんはいい人ですから!」

「そう? じゃあ、なんて言えばいいの?」

「では、まずは名前を呼んでみましょう!」


 萌乃香が電話をしながら書いたメモを見せてもらい、「ここです!」と指差された箇所を読み上げてみる。

 すると、オニプレートトカゲのオニちゃんと、フトアゴヒゲトカゲのフトちゃんの顔が一斉にこちらを向き、観察するようにじっと見つめてきた。


「警戒してない?」

「名前を呼ばれただけで知らない人に着いていくのはダメだと、先生が教えたそうです」

「小学生への教育みたいだね」

「餌を見せれば来てくれるかと」

「餌なら職員室にあると思うよ」

「わかりました、取ってきますね!」


 急げと言わんばかりに走り出そうとした彼女は、ふと思い出したように立ち止まると、「オニちゃん、フトちゃん、待っててくださいね!」と手を振ってから小屋を飛び出していく。

 相変わらず慌ただしいななんて微笑ましく思った僕は、うさぎのお世話に戻ろうとして、ものすごいスピードで柵の近くまで駆け寄って来るトカゲたちを見てしまった。


「……萌乃香なら来るんだ」


 動物に対してこんなことを言っても意味が無いことはわかっているけれど、心の中だけでいいからあえて言わせてもらいたい。

 やっぱり、動物も男子高校生より女子高校生に惹かれるんだね。僕だって動物に好かれたかったのに。


「はぁ。掃除しよっと」


 そんな独り言を零してうさぎたちの元へと戻ると、穴から顔を出していた黒いうさぎがサッと中へ引っ込んでしまった。

 出来れば手から餌を上げたい気持ちもあるけれど、一日でそこまで絆を育むのは難しいだろうね。

 頻繁に顔を合わせる先生でも人参スティックを差し出したら、『触んじゃねぇよ』と言わんばかりの勢いでひったくられるって言ってたし。


「戻ったぞ、瑛斗。掃除は終わったか?」

「おかえり。今始めたところ」

「サボってやがったな? まあ、ほうきは2本あるから一緒にやれば済む話だけどよ」

「D組のペット、可愛かったよ。トカゲが2匹もいたんだ」

「ああ、俺はトカゲNGだ。爬虫類は苦手なんだよ」

「あんなに可愛いのに勿体ない」

「テレビで見る分にはいいんだけどな。ほら、幼稚園の時に移動動物園ってあったろ?」

「あったね。色んな動物が来てくれるやつでしょ」

「そうそう。あの時に蛇に噛まれてな」

「それはトラウマになって仕方ない」

「だろ?」


 その後、僕は「なのに愛実あみのやつ、面白がって蛇の触れ合いコーナーに引きずり込むんだぜ」なんて惚気なのか愚痴なのか分からない話を聞かされた。

 バケツくんも途中からは惚気100%に切り替わり、話すのに夢中になっているうちに時間が流れ、萌乃香が帰ってきたことでようやく本来の目的を思い出してくれたことは、また別のお話。

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