第500話
起きてはいたものの、なんやかんやで結局イヴをおんぶをして連れ帰ると、意外なことにノエルと
どうやら雑誌の撮影が予定よりも早く終わったようで、空いた時間を使ってクリスマス周辺のスケジュールについて話していたらしい。
クリスマスコンサートの後に予定入れないようにだとか、いつに休みを作るかだとかそんな感じだ。
「ごめん、邪魔しちゃったかな」
「ううん。ちょうど今終わったところだよ。……って、どうしてイヴちゃんは背負われてるの?」
「色々あってね」
イヴをソファーの上に降ろすと、彼女はそのままゴロンと横になって本当に眠ってしまった。
僕は起こさないように少し離れた位置に座ると、帰ろうとする紫波崎さんを見て反射的に引き止める。
自分でもどうしてそうしたか理解できなかったが、「どうかされましたか?」と聞かれてようやくその意味に気がついた。
「麗華と
「あのメイドさんですか。でしたら、心配は無いと思いますよ。あの方は麗華様のことが大好きですからね」
「どうして知ってるんですか?」
「修学旅行の時に一緒に……いえ、偶然同じ店に並んだ際に言われていたので」
「瑠海さんと紫波崎さんってそういう関係なんですか?」
「い、いえいえ。断じてそのようなことはありません。守るべきものがあるもの同士で少し息が合っただけですから」
普段は落ち着いている紫波崎さんが慌てて否定するところを見るに、実は本当に2人は……なんてことも有り得そうだ。
しかし、今の本題はそこではない。いくら好きだろうと深い亀裂が入れば全てが180度変わる可能性だってある。
時間だけに任せておくのは、例えそれが最善だとしても『何もしなかった』というレッテルが貼られる気がして嫌だった。
「そうだ。紫波崎さんはノエルと喧嘩したことは無いんですか?」
「私はノエル様のひと周りもふた周りも歳が上ですから。大人げなく喧嘩することはございません」
「うんうん、確かに喧嘩はしたことないよね。私だって守ってもらってる身だもん、感謝してるんだよ?」
「……ノエル様」
サングラス越しでもうるっと来ているのが分かる。紫波崎さんはハンカチでそっと目元を拭うと、「ただ、一度だけ意見が食い違ったことなら」とその時のことを話してくれた。
「今年の夏に、水着撮影のオファーが入ったんです」
「そう言えば海に行った時に来てた水着、ノエルが撮影で使ったやつだって言ってたよね」
「その水着のことで少し問題がありまして」
「アイドルなら水着の撮影は普通のことじゃないんですか?」
僕の質問に「もちろん、水着自体は避けて通れない道です」と頷く紫波崎さんの表情は、当時を思い出しているのか少し深刻だ。
自分たちが知らないところで、一体どれほど大変なことがあったのかと不安を煽られていると、彼は重々しい口調でその真実を教えてくれる。
「水着が……際どかったんです……」
「……ん?」
「ですから、水着の布面積があまりにも狭すぎたんですよ。そんなものをノエル様に着せるわけにはいきません」
「えっと、意見が食い違ったっていうのは?」
「ノエル様はそれでも仕事だからと割り切られていて、ボディガードの私としては危険なファンが増えるようなことはさせられませんから」
「なるほど……」
確かに紫波崎さんの言っていることは正しい。正しくはあるけれど、表情とはあまりに釣り合っていない気がした。
顔だけ見れば、地上波では放送出来ないような写真を撮られそうになりなったのかと勘違いするほどだ。
それはさておき、友人としてホッとしている反面、ファンとしての自分がその時の水着を見てみたいと思ってしまっている。
もしかすると、僕は危険なファンなのかもしれない。ノエルのためにも自制心だけはしっかり持っておかないとね。
「
「ぜひ見せて下さ―――――――いえ、やっぱりいいです」
「そうですか? 世に出回っていない貴重な写真だと言うのに勿体ないですね」
もちろんファンとして誰も見たことの無いものを見れるというのは、これ以上にない幸せなことではある。
だが、そのためにノエルに睨まれていては本末転倒。紫波崎さんの背後で拳を握り締める彼女を見て、僕はそう悟ったのだった。
「紫波崎、どうして私のスマホに保存されていたはずの写真をあなたが持ってるのかな?」
「ノエル様、これは……」
「言い訳は結構! いつか瑛斗君だけに見せようと思ってたのに、絶対に許さないから!」
自分よりも遥かに小さなアイドルにボコボコにされるマネージャー兼ボディガード。
そんな光景を眺めていた僕は、この2人が喧嘩という喧嘩をしたことがない理由を嫌でも理解してしまうのだった。
「そっか、ノエルの方が立場が上過ぎるんだね」
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