第495話
「こちらになります」
他の部屋よりも扉同士の間隔が狭いのは、メイドさんの部屋がそれほど大きくない……というより、一般的な広さにしてあるからかな。
それでもきっちりと整理整頓されていて、真っ白な天井や壁にシミひとつ付いていないからか、すごく広々としているように思えた。
「ここは瑠海さんの部屋ですか?」
「いえ、メイド長の部屋ですね」
「え、勝手に入って大丈夫かしら」
「メイド長は優しい方ですから」
そう言われても、チラッと見えた本棚に並ぶ『メイドとは何か』『優しくある方法』『バレないストレス解消法』というタイトルには不安にならざるを得ない。
やっぱりメイドさんを取りまとめるのは苦労が耐えないのかもね。
「それにしても、いい匂いがするわね」
「ファ〇リーズの香りですね。毎朝、入念に部屋全体にかけているそうなので」
「匂いに厳しい人なのかな」
「……?」
「イヴ、どうかした?」
何やら鼻をクンクンとさせながら部屋の奥へと入っていったイヴは、ベッドの近くで立ち止まって首を傾げた。
そして床ギリギリまで垂れ下がるほど大きな布団をめくると、ベッドの下に隠されていたケージを引っ張り出す。
そこに入っていたのは、肩にも乗せられそうなサイズのワンコ。背中が茶色くてお腹が白い豆柴だった。
「か、かわいい……!」
表情を蕩けさせた紅葉が駆け寄ろうとすると、豆柴は彼女に向かって「グルル……」と唸り始める。
ケージに触れているイヴのことは甘えた目で見つめていたというのにだ。どうやら、紅葉はあまり犬に好かれるタイプではないらしいね。
「おかしいですね。この屋敷では犬を飼うことは禁止されているはずなのに」
「そうだったんですか。でも、チワワはいますよね」
「あの子たちが問題なんです。縄張り意識が強いので、他の犬に噛み付いちゃうんですよ」
「……じゃあ、どうしてメイド長の部屋に豆柴が?」
ケージの中を覗いてみると、何かあっても大丈夫なように首輪が付けられている。
そこから垂下がる小判状のプレートには『まめすけ』という名前とこの屋敷の住所が掘られていた。
拾ってきて保護している……という訳ではなく、正式に飼われていることは明らかだ。
「それにメイド長は数年前、捨て犬を連れてきたメイドに里親を見つけるように促しています」
「自分が飼ってると知られたら、メイド長としての面目が丸潰れですよ」
「……複雑な状況ね」
「……」コクコク
おそらく、毎朝ファブっているのは犬の匂いを部屋に染みつかせないようにするためだろう。
誰かに勘づかれてしまった瞬間に終わりなのだから、それだけ入念になるのも頷ける。
そして闇の深そうな本棚。よく調べて見たところ、入っている本の大きさに比べて棚自体がやけに大きいことに気がついた。
怪しいと少し触ってみると、実は奥行きの半分のところに板が取り付けられているではないか。
それを引っ張り出してみれば、そこには『犬の飼い方』だとか『犬の餌』についての本がずらりと並んでいる。
端っこにある少し大きめのものはアルバムだろうか。中を覗くと数年前から数日おきに撮影されているまめすけとのツーショット写真が所狭しと貼られていた。
そして、その一番最初に撮られた写真を見て、瑠海さんが「この傷……」と目を見開く。
「どうかしたんですか?」
「数年前に拾われてきた子犬と同じ箇所に包帯が巻かれています。それに、日付も数日しか違いません」
「ということはつまり、そういうことよね」
「……」コク
数年前の子犬に里親が見つかったという報告はあったものの、どこに引き取られたのかは拾ってきたメイド自身も分からないと答えたらしい。
けれど、僕たちは確信していた。今目の前にいるまめすけが、成長した当時の捨て犬だったのだと。
「さすがにこれを告げ口は出来ませんね」
「何も見なかったことにしましょう」
「それがいいと思うわ」
「……」コクコク
その後、僕たちがまめすけを元の位置に戻し、入った痕跡を全て消してから退室したことは言うまでもない。
きっといつかはバレる日が来るとは思うけれど、それは僕たちの口からでは無いはずだ。
メイド長自身が、秘密の重さに耐えきれなくなった時の最後の切り札になるはずなのだから。
「では、最後に私の部屋を見に行きましょうか」
「お願いします」
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