第488話

 お土産を渡し合ってから数分後、りんごジュースを出してもらった僕はソファーに腰を下ろしたノエルの隣に座った。

 そのまた隣にはイヴがいて、相変わらず彼女に抱きついている。いつ見ても微笑ましい光景だね。


「そう言えば、ノエルたちも同じ旅館に行ったってことなんだよね?」

「同じ旅館の温泉まんじゅうだったからね」

「ってことは、若女将さんに会ったよね」

「あの元気な人のことかな」

「元気に見えたんだ?」

「小さな段差につまづいたりはしてたけど、すごく元気でテキパキした人だったよ」

「それなら良かった」


 たった一日で完璧に仕事が出来るようになるのは、元々才能があった人か天才くらいだろう。

 大半の人がそうではないから、天才に憧れながら秀才になろうと努力するのだ。

 若女将さんの笑顔とやる気はきっと天性のものだから、そこを絶やすことなく頑張ってくれているのなら、僕も『いつかまた来る』って約束を果たせるくらいのお給料が貰える人にならないとね。

 ……うん、あそこの宿泊費めちゃくちゃ高いし。


「ねえ、若女将さんがどうしたの?」

「ちょっとトラブルがあっただけだよ」

「……まさか、新たなライバル?!」

「違うから」

「あんな可愛らしい顔して、私の瑛斗えいとくんに手を出すなんて……」

「いや、むしろ僕が口を出しただけだからね? というか、いつからノエルのものになったの?」

「ぐぬぬ……紫波崎しばさきに頼んであの旅館を閉鎖……」

「本当にやめて」


 一人で勝手に妄想力をフル回転させて先走るノエルに、僕は強引にこちらを向かせて正気に戻らせる。

 そんな彼女の「はっ、旅館跡地に建てたノエル記念館は……?」という呟きから察するに、頭の中ではもう手遅れだったらしい。

 現実で行動に移されなくてよかったよ。そうなってたら、きっと女将さんたちに恨まれてたから。無料宿泊客のくせにって。

 そんな未来を回避するため、その場しのぎかもしれないけれど話題を逸らすことにした。


「それより、僕たちだけ楽しんで申し訳ないよね」

紅葉くれはちゃんと麗華れいかちゃんのこと? 確かに2人だけ遠出してないもんね」

「でも、麗華のお父さんがスパを開くらしいから、タイミングが合えばみんなで泊まりに行こうよ」

「もちろん! イヴちゃんも行くよね?」

「……」コクコク

「あ、大部屋ってあるかな? 海で泊まった時も結局、寝る時は別々だったでしょ?」

「確かに。僕から麗華に確かめておくよ」

「よろしく! ふふ、みんなで同じ部屋で寝るなんて、パジャマパーティーみたいで楽しそう♪」


 子供っぽい無邪気な笑顔を見せつつ、「アイドル始めてからは、そういうことしてないんだよね」と言葉をこぼすノエル。

 今でも多くのファンがいる彼女だけれど、MyTubeの登録者数の伸びを見る限り、これからもっと人気が出て全国的なアイドルになるだろう。

 そうなれば、今のように少しは自由の効く休み方が出来ず、学校よりも仕事を優先することになるかもしれなかった。

 過去の仕事ほっぽり出し事件の反省から、紫波崎さんがある程度ノエルの状態を見て仕事を精査してくれてはいるらしく、高校を卒業するまでは学校生活に支障をきたす様なことは控えてくれるみたいだけど。

 大学に通い終えるまでファンの期待は待ってくれないだろうし、高校卒業後はこうして一般人の僕と会話することも難しくなるんだろうね。

 来年も残っているとは言え、貴重な冬休みには違いない。そんなノエルのお願いなら、なんでも聞いてあげたいというのが本心だった。


「そうだ。クリスマスは予定入ってる?」

「イヴの方は……あ、イヴちゃんのことじゃない……って、じゃれついてこないで!」

「……♪」

「もう、仕方ない子なんだから。イヴはクリスマスライブがあるけど、25日は18時で終わりかな」

「それならみんなで集まれる? ケーキも用意してお祝いしようよ」

「その辺は忙しいから私は準備手伝えないけど……」


 申し訳なさそうにする彼女を見て、イヴは両手でガッツポーズをしながら『自分が二人分頑張る』と主張してくれる。

 それで安心してくれたのだろう。「終わったら急いで参加するね!」と言うノエルの笑顔は、いつも通り天使のスマイルだった。

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