第487話

 少し奈々ななが落ち着いてくれたところで続きは家の中で話すことにして、僕は彼女を慰めようと必死になっている紅葉くれは麗華れいかに預けた。

 もちろん奈々から抵抗はされたけれど、そこは申し訳ないと思ってくれている2人のためにも少しばかり強引になったね。


「さ、さっきのは嘘よ? 奈々ちゃんが嘘ついたから、嘘のお返しをしただけなのよ!」

「奈々ちゃんはいい子ですから、きっといい勝負が出来ると思います!」

「……ほんと?」

「今度は嘘じゃないわ」

「妹だとしても、決めるのは瑛斗えいとさんですからね。無理というのはあくまでも私たちの基準ですし……」


 麗華のそんな言葉に少し表情を明るくした彼女は、それでも少し不安そうな目でこちらを見つめながら、「お兄ちゃんは無理だと思う……?」と首を傾げる。

 突然そんな質問投げかけられた僕はというと、もちろん即答出来るはずもなく少し悩んでしまった。

 本心ではやはり奈々は妹で、その先なんて想像も出来ないししたことも無いが……だからと言って無理だと否定する必要は無い気がした。

 人生何が起こるか分からないのだ。明日には記憶を失って、奈々のことを他人だと思いながら接することになるかもしれない。

 奈々のように引きこもりになって、物理的な意味で一番近くにいてくれる奈々のことを異性として意識するかもしれない。

 そんな有り得なさそうなミリの可能性を含めるのなら、無理では無いという言葉こそが正解になるから。


「無理じゃないね、僕はすごく奈々が好きだから」

「でも、妹としてでしょ?」

「奈々が頑張ったら、この好きって気持ちの意味も変わるかもしれないからね」

「……頑張る」

「お兄ちゃんとして応援してるよ」

「うん♪」


 完全に機嫌を取り戻してくれた彼女が再度引っ付いてきたところで、危機を免れたと言わんばかりに安堵している2人を連れてリビングへと入った。

 その後、僕たちは迷子になったことや温泉の心地良さについて土産話をしつつ、本物のお土産である温泉まんじゅうを渡す。

 その流れで『高いところは無理だけれど、みんなでどこかに泊まりに行きたい』という話になったのだけれど、それが実現するのはもう少し先のことになりそうである。


「あ、そう言えばお父さんが近々宿泊施設付きのスパの先行利用客の募集を始めるって言ってましたね」


 ……いや、そう遠くはないのかもしれない。

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 温泉から帰ってきた2日後、同じく1泊2日を終えて帰宅したばかりのノエルたちのところを、僕はお土産片手に訪れていた。


「うぅ、会いたかったよ!」


 玄関で出迎えてくれるや否や、抱きついてきたノエルに「見られたら危ないよ」と家の中に入ってから再度ハグをさせてあげる。

 のえるたそだと思うと緊張するのに、ノエルだと平常心でいられるのが不思議で仕方がない。

 それほどまでに、彼女がアイドルとしてのオーラのオンオフが出来ているということだろうか。

 そんなことを考えていると、リビングからひょこっと顔を出したイヴがこちらへ近づいてきて、僕にハグをするノエルにハグをした。


「もう、イヴちゃんったら」

「……♪」

「不思議な陣形だね」

「えへへ、私が一番幸せかも」

「確かに」

「……」コクコク


 自分で言うのもなんだけれど、好きな人に抱きついて、おまけに最愛の妹にまでとなると幸せ全開だろう。

 温泉旅行を終えても、2人のイチャイチャと言っていいレベルの仲良しさが健在なようで安心したね。


「あ、そうだ。お土産があるんだよね!」

「僕もそれを渡しに来たんだ」


 イヴに後ろから抱きつかれたままトコトコとリビングへ入っていくノエルを追いかけると、彼女は机に置いてあったものを持ってこちらへ小走りで寄ってきた。


「はい、温泉まんじゅう♪」

「……ん?」

「どうかした?」

「いや、実は――――――――――――」


 ノエルが渡してくれたのは温泉まんじゅう。僕が差し出したのも温泉まんじゅう。それも、偶然にも同じ旅館のものだ。

 交換しても結局持ってきたものと渡したものは全く同じ。そんな現実に僕たちは微笑み合いつつ、「ありがとう」と言いながら受け取ったことは言うまでもない。


「あ、サインしてあげよっか?」

「是非お願いします」

「ふふ、これで特別な温泉まんじゅうになったね♪」

「家宝にするよ」

「いやいや、腐るから食べてね?」

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