第483話
あれからじっくり悩むこと15分。妹とキスなんて許せないという考えは変わらないものの、僕の心は激しく揺れていた。
その当たり前という枠組みを取払った奈々に、その常識が通用するはずもない。
恋心は暴れ馬のごとく、走り出せば誰にも止められない。奈々は止まれないと知りながら、自ら走り出したのだ。『覚悟』を決めたから。
「上がったよ」
「……うん」
お風呂から上がって用意してくれていた部屋着用の浴衣に着替えると、のぼせたせいで少しフラフラしながら部屋へと戻る。
もう少し夜風に当たって身も心も冷まそうかと思ったが、今の奈々を一人でいさせるのは心配だった。
「お布団、仲居さんたちが敷いてくれたよ」
「そうみたいだね」
「……お兄ちゃん、のぼせたんじゃない?」
「そうかも。横になってもいい?」
「うん、どうぞ」
布団をめくって手招きをしてくれる彼女にお礼を言いつつ、崩れるように敷布団の上へ寝転ぶ。
明かりが眩しいので目を閉じると、奈々が布団を掛け直してくれた。だが、やけに重い。
おかしいと思って目を開けてみれば、自分に覆い被さって居たのは布団ではなく奈々ではないか。
ニヤリと歪む口元に慌てて押しのけようとするも時既に遅し。押し退ける力は押さえつける力に負け、あっさりと体の自由を奪われた。
「お兄ちゃんは真面目だね。私の言った通り、ちゃんと覚悟を決めるのに時間を使ってくれたんだから」
「奈々、まさか……」
「勘違いしないで、さっきの話は全部本心と事実だよ。でも、それを少し利用しただけ」
この意地悪な笑みを見れば分かる。奈々は僕がお風呂に長く居続ける理由を用意し、わざとのぼせるように仕向けたのだ。
そして上手く抵抗できないほどフラフラになった所へこうしてのしかかり、好き放題しようという作戦なのである。
「奈々、お兄ちゃん怒るよ」
「もう止まれないって言ったよね?」
「そうだとしてもこんなやり方は卑怯だよ」
「卑怯じゃなきゃ隙を見せてくれないお兄ちゃんが悪いの。安心して、取り返しのつかないことはしないつもりだから」
「じゃあ、何をするの」
「キス。それ以上は許してくれないでしょ?」
目がハートとはよく言うけれど、僕はこの時悟った。本当に好意が絶頂を迎えた人の目は、ハートなんかじゃなくて虚ろになるのだと。
緩い笑みを浮かべながら顔を近付けられ、一層抵抗するために暴れようとする。
しかし、ふと顔の位置をスライドした奈々に首筋へと噛みつかれると、何故か全身から力が抜けてしまった。
「正確な位置を刺激すると、どれだけ強い人でも崩れ落ちちゃうの。ちゃんと勉強しておいたんだから」
「……いつからこんな作戦を立ててたの」
「旅行に行きたいって話をした時かな」
彼女はそう言いつつ噛み付いた部分を舌で舐めると、「ごめんね、痛かったよね」と謝罪の言葉を口にする。
だが、すぐに唇同士の距離を縮め、「覚悟が足りないお兄ちゃんも悪いんだけどね?」と目を細めた。
「そんな怖がらなくてもいいよ。一晩中キスするだけだから。それでしばらくは気持ちを抑えられるはずだもん」
「……本当に?」
「むしろ、拒む方が危険だね。理性捨てちゃうよ?」
瞳を見れば、どれだけ本気なのかが分かる。それにやはり奈々は賢い。
これだけの作戦を今の今まで隠し通していたこともそうだけれど、何より気持ちを制御しながら『襲われたくないならキスを許して』と交渉してきているのだから。
普段なら絶対に断る、それは間違いない。だが、逃げられない上に抵抗もできない状況だからこそ、無理な要求でも頷かざるを得なかったのだ。
「わかった、抵抗しないから。その代わり、痛いから手首を押さえるのはやめて」
「お兄ちゃん、指図出来る立場だと思ってるの?」
「……お願い」
「そこまで言うなら。でも、逃げようとしたり寝ちゃったりしたら……どうなるか分かってるよね?」
口では恐ろしいことを言っているのに、目だけはとろんと蕩けて好き好きアピールをしている。
ここまでのことをされても奈々を未だに妹として好きでいるのだから、自分の兄としての意識の高さには驚かされるよ。
「分かってる、逃げたりしないよ」
そう答える以外に道はないと、僕の体の全細胞が告げていたことは言うまでもない。
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