第481話
あの後、体を丁寧に洗ってもらった僕は、下半身だけは自分で洗ってから、全身の泡を流して2人で露天風呂へと向かった。
洗い場から直接外に繋がる扉を開けると、冷たい冬の空気がヒューヒューと全身を撫でる。
さすがに濡れた肌では耐えられないので、小走りでさっさとお湯の中に体を沈めた。
「部屋に露天風呂なんて心配だったけど、ちゃんと壁に囲まれてるね」
「そうじゃなきゃ、温泉旅館なんてやってられないよ?」
「それもそうだね」
隣の部屋の露天風呂との間には竹で作られた壁があって、数メートルはある平面を登らなければ覗けないようになっている。
おかげで景色は堪能できないけれど、縁にもたれるように背中を預けた瞬間、自然と空を見上げた僕は思わず「おお」と声を漏らした。
ここはオーシャンビューでもないし、ジャグジーが付いているわけでもない。ただ、都会では見れないものがそこにあったのだ。
「……天然のプラネタリウムだ」
「……ふふ、すごく綺麗」
「お風呂に入りながら堪能出来るなんて贅沢だよ」
「えへへ、不思議な感覚だね」
湯に浸かりきっていなかった肩を夜風が冷やす。けれど、のぼせてしまわないためにはそれくらいがちょうど良かった。
美しい星空を見上げながら、大好きな妹と一緒にのんびりと癒される。こんな幸せを享受できるなんて、これから不幸なことが起こる前触れなのではと疑うほどだ。
そんなことを思いながら少し緩んできたタオルを直そうとお尻を浮かせた僕は、奈々に肩がぶつかって「ごめん」と謝ろうと顔を上げる。
……が、次の瞬間だった。驚きのあまり、呼吸がピタリと止まったのは。
「んっ……」
「…………」
今までどれだけ暴走しようと、何とか阻止し続けていた唇同士のキス。それが不意打ちで行われてしまったのだ。
もちろん慌てて押し離そうとするものの、いつの間にか腰に回されていた腕でがっちりとホールドされて逃げられない。
何度も求めるように繰り返され、さすがにこれ以上はまずいと本能が告げたタイミングでようやく解放された。
「奈々、これは良くないよ」
「ごめんなさい。でも、お兄ちゃんの横顔を見てたら我慢できなくて……」
「……過ぎたことは仕方ないし、忘れてあげるから襲うような真似は二度としないでね」
そう言いながら、気まずさから無意識に距離を離そうとしていたのだろう。
奈々は下唇をかみ締めながら腕を掴んで来ると、か細い声で「忘れるのは……ダメ……」と呟いた。
「お兄ちゃんにとって嬉しくないキスだったことはわかってる、迷惑だってことも。でも、忘れて欲しくない……!」
「……奈々」
「私にとってお兄ちゃんは一番大事な人なの。好きって気持ちを否定されたら、どうしたらいいか分からなくなっちゃうよ」
零れそうになる涙を必死に堪えながら言葉を絞り出す彼女を、僕は「ごめん」と呟きながら抱きしめる。
自分が妹としてしか見れないからだとか、キスされたからって動揺してはいけないと思うあまり、好意自体を否定するのは最低だった。
幸せになって欲しいと願っているはずなのに、こうして傷つけてしまう自分が憎い。やはり、自分は兄として不完全なのだと痛感してしまう。
「兄妹としてダメなことは止めるけど、否定はしない。されたキスも、ハグも、ずっと覚えておくから、ね?」
「……ありがと」
「妹を泣かせるなんて、お兄ちゃんはダメダメだよ」
「そんなことない! お兄ちゃんはすごいもん、私よりもずっとすごくて強いもん!」
「ありがとう、そう言ってくれて嬉しいよ」
僕が微笑むと、奈々はゆっくりと体を離してもう一度星空を見上げ始める。
そして深いため息をゆっくりと吐き終えると、独り言のようにボソッと言葉をこぼした。
「……おかしなことしたついでに、ちょっと変な質問してもいいかな?」
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