第477話
「若女将が間違ったことを教えてしまい、申し訳ございませんでした」
「いえいえ、悪いのは看板の位置を変えた人ですし。若女将は悪くありませんよ」
「お詫びと言ってはなんですが――――――――」
旅館へ戻ってきた直後、僕たちは女将さんとそんな会話をして、とある部屋へと連れて行ってもらった。
無料宿泊券では本来使えない場所らしいけれど、散々歩き回ってパンパンになったふくらはぎを癒して欲しいとのこと。
ここまで言えば、どんな施設なのか想像は出来ると思う。……そう、マッサージだ。
「いらっしゃいませ。
「こういうところ、初めて来ました。思ってたより薄暗いんですね」
「明る過ぎると、心地よくてもお客様が眠りに落ちられませんから」
「なるほど」
今回、僕についてくれるマッサージ師の
オイルを使ったり、お香を焚いたりするらしいので、匂いやその他諸々がお客様の服に付かないための配慮なんだとか。
「では、この上でうつ伏せになって下さい」
「分かりました」
「緊張しなくても大丈夫ですよ。眠っている間に手錠をしたりなんてしませんから」
「その心配はしてませんけど」
「大丈夫です、普通のマッサージですから」
「普通じゃないマッサージってなんですかね」
「安心してください、お連れ様のマッサージ師も女性ですから」
「……そこはちょっと安心しましたけど」
どうやら、屋敷さんは真面目そうに見えて意外とお調子者……いや、お茶目な人みたいだね。
いくら高校生男子だからと言って、薄暗い部屋で女性にマッサージされるというシチュエーションに、よからぬ事を妄想したりはしないと言うのに。
まあ、おかげで残っていた緊張を吐き出すことは出来たし、ある意味助かったのかもしれないけれど。
「それでは、肩から解していきますね」
「お願いします」
軽くオイルを垂らされてから、円を描くように肩を揉まれ、馴染んで来た頃にグイグイと押す解し方に変わる。
これがなかなか気持ち良くて、自分でも気付いていなかった凝りがどんどんと押し流されていく気がした。
徐々に体が軽くなっていく感覚に、本当に眠りに落ちそうになる。いや、落ちていたのかもしれない。
屋敷さんが「……すごい硬くなってます」だとか、押す度に艶かしい声を漏らし始める前までは。
「こんな硬いの、癖になっちゃいます……」
「あの、屋敷さん?」
「どうかなさいましたか?」
「さっきから変な声漏らしてますよね。やめてもらえませんか?」
「ですが、女将から最大限のサービスをするようにと言われておりますので」
「絶対にサービスの方向を間違えてますよ」
僕が長男だから耐えられたものの、次男だったら本当によからぬ事を考えてしまっていただろう。
それに、屋敷さんにとってもそれは望ましくないはずだ。いくら最大限のサービスだとしても、お客様の暴走はどの店でも迷惑でしかないはずだから。
「冗談ですよ、お客様」
「冗談なら尚更やめてください」
「それが……無理なんです」
「どうしてですか」
「実は私、凝りフェチなんです」
「は、はぁ……?」
突然のカミングアウトに思わず困惑してしまうが、性癖は人それぞれでもおかしくはない。
むしろ、凝りが好きでマッサージ師になれたのなら、天職だろうし働くのも楽しいだろう。
聞かされる側からすれば、ものすごく悩ましいことではあるけれど。
「簡単に言うと、体の凝っている部分を見つけると興奮しちゃうタイプの人間でして」
「そんなタイプ、他に居ませんよ」
「いえいえ、お連れ様についているマッサージ師も凝りフェチ仲間なんですよ」
「……安心できないんですけど」
「大丈夫です。私と違ってあの子は仕事中にそういう部分を表に出しませんから」
「屋敷さんも出さないように出来ませんか?」
「私の忍耐力はたったの5なので!」
「自慢げに言わないでください」
結局、肩を解す時間が終わる15分後まで、延々と艶かしい声を聞かされ続けたものの、全く興奮しなかった自分が逆に心配になってしまう僕であった。
「はぁはぁ……次は腰を……」
「いや、とりあえず息を整えてくださいよ」
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