第475話

「林道でしたら、旅館を出て右の道に沿って歩けばいいですよ」


 若女将はにっこりと笑いながらそう答えると、何やら楽しそうに微笑んで僕たちを見た。


「それにしても、仲の良いカップルさんですね。羨ましいです」

「いや、僕たちはカップルじゃ――――――――」

「そうなんです! 私たち、カップルなんです♪」

「ちょっと、奈々なな?」


 僕の言葉を遮るようにカップル宣言をした奈々に、若女将は更に瞳をキラキラとさせる。

 こういう場所で働いているから大人っぽいとは思っていたけれど、年相応の興味というものはやはりあるらしかった。

 まあ、こんなにも楽しそうな表情を『実は兄妹です』なんて言って壊すのも悪いし、今くらいは嘘をついてもいいかもしれない。


「そんなお2人なら、林道はピッタリですね!」

「どういうことですか?」

「林道の先は崖になっているんですけど、そこから見える海の上にハート型の岩があるんです。一緒に見た2人は永遠に結ばれるとか何とか」

「それはロマンチックだねっ! 絶対に見に行こうよ!」

「あ、ああ、もちろん見に行きたいけど……」


 本来恋人同士で見るべきものを、兄妹で見てもいいのかという疑問はある。

 ただ、解釈によっては『兄妹がずっと仲良しでいられる』ということにもなるかもしれないので、そう考えれば行ってみたい気持ちの方が強くなった。

 そもそも、こういうパワースポットだとか願掛けとかは、本人の気持ち次第でどうとでも捉えられるからね。


「ただし、一つだけ気をつけて頂くことがあります」

「気をつけること?」

「はい。林道は入口付近で二手に分かれているんです。片方は先程言った道なのですが、もう片方は入り組んだ迷路のようになっていまして……」

「どっちが進むべき道なんですか?」

「…………」

「若女将さん?」

「…………その、忘れました」


 後ろ頭をかきながらそう答える彼女に、思わずガクッと膝を折りたくなってしまう。

 そこをなんとか耐え切ったものの、どちらが安全かを知ることが出来なければ、安心して出発することも出来ない。

 仕方なく他の人に聞こうかと思っていると、若女将が「あ、思い出しました!」と声を上げた。


「危険と書かれた看板が置いてあるんです。そちらへは進まないで下さい!」

「看板ですか。まあ、それなら確認さえすれば間違えようがないですね」

「絶対ですよ? 迷路は本当に危険ですから」

「そんなになんですか?」

「今まで何人の人を葬ってきたことか……」

「……気を付けます」


 そんなに危険なら封鎖すればいいのに、なんて野暮なことを考えつつ、僕は奈々と一緒に旅館を出発する。

 何はともあれ、看板の無い方の道を選べば目的の岩を見ることが出来るのだ。一人ならともかく、二人で行くのだから何も恐れる必要は無い。

 そう信じて疑わない僕の耳には、若女将が呟いた不安を煽る一言が届くことは無かった。


「何かもうひとつ注意すべきことがあった気がするんですけど……まあ、大丈夫でしょう!」


 この時の若女将の声が届いていたとすれば、数十分後に2人が帰り道を見失い、途方に暮れてしまわずに済んだかもしれない。


「お兄ちゃん、ここどこ?」

「おかしいね。看板の無い方に進んだはずなのに、迷路みたいな道しかない」

「……帰り道、覚えてる?」

「……覚えてない」

「「…………どうしよう」」

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