第474話

「こ、これがお昼ご飯?!」


 急いで部屋に戻ると、待たせてしまっていた仲居さんたちも続いて入ってきて、せっせと机に料理を並べてくれる。

 その様子をじっと眺めていた奈々ななは、ひと皿出てくる度に歓喜の声を漏らし、ものすごく楽しそうにしていた。

 僕もこう見えて内心はすごくワクワクしている。だって、予想していたよりもずっと美味しそうな料理が出てきたから。


「どうぞごゆっくり」


 最後の仲居さんが退室していった後、僕たちは顔を見合わせてから箸を手に持つ。

 並べられたのはとても綺麗なお造りや、1人用サイズの小さなお鍋、そして桶に入ったホカホカのご飯。

 見ているだけでヨダレが出そうになるが、今からこれを食べられると思うと余計に満腹中枢を排除したくなるよ。


「いただきます!」

「いただきます」


 いつまでも自主的に待てをしているわけにも行かないので、自分の分と奈々の分のご飯をお茶碗に盛ってから、両手を合わせて食べ始めた。

 まずはお鍋から。内容はごく平凡だと言うのに、大根もつくねも魚も、中までしっかり味が染みていて堪らない。

 その次はお刺身。この旅館の特製らしいお刺身をちょんちょんと付け、すり下ろされたわさびをそっと乗せて口へと運ぶ。

 普段食べているお刺身に文句を言ったことは無いが、スーパーで買うようなものと比べるのも申し訳ないほどに美味しかった。

 いつもテレビで『口の中で蕩ける』なんてことを言うタレントに首を傾げていたけれど、そのコメントを言いたくなる気持ちが初めて分かった気がするよ。


「んふふ、美味しい♡」

「奈々、ここを選んで正解だったね」

「これが無料だなんて信じられないよ〜♪」

「ほんと。後で請求書が届いてもおかしくないくらい満喫させてもらっちゃってるもん」


 あまりお金のことで例えるのは良くないが、それでもついつい無料宿泊ペアチケットのことが頭を過る。

 ここまでいい思いをしてしまうと、何となく旅館の人に悪い気がしてしまうのだ。

 それでもそんな気持ちは自分の中だけに留めておいて、奈々との旅行を楽しむことを最優先に考える。

 叔父さんからの少し早いクリスマスプレゼントだったとでも思えば、少しは気も紛れるだろうか。


「お兄ちゃん、イクラもあるよ!」

「奈々、イクラ好きだもんね」

「大好きですぅ⤴︎︎︎」

「……誰のモノマネかはあえて聞かないでおくよ」

「似てたでしょ?」

「ちょっとだけね」


 あまり深入りしすぎると、グーチョキパーの書かれた棒を持った海鮮お姉さんに襲われそうなので、この話は早めに切り上げておく。

 それから僕たちは景色と食の両方を嗜みながら箸を進め、腹も心もいっぱいになったところで、空になったお皿を前に両手を合わせてごちそうさまをするのだった。


「私、このお昼ご飯だけで1週間くらい幸せで居られそうかも」

「僕は奈々の料理も同じくらい幸せになるけどね」

「もう、お世辞はいいよ。さすがにこんなすごい旅館には勝てないってわかってるもん」

「そんなことないのに」

「ふふ、ありがと」


 奈々はクスクスと笑いながらこちらへ歩み寄ってくると、すぐ隣に腰を下ろして肩をくっつける。

 そして少しこちらへ体重をかけながら、「そうだ、お兄ちゃん」と呟いた。


「散歩に行かない? この旅館、中だけじゃなくて近くの林道を歩くのも人気らしいから」

「いいね。ダラダラしてるだけってのも勿体ないし」

「じゃあ、お皿を片付けてもらったらすぐに行こ!」

「そうしよっか」


 そう言って部屋の電話から食べ終わったという連絡をすると、すぐに仲居さんたちがやってきて綺麗に回収していってくれる。

 それを見送ってからしっかり防寒をして部屋を出た僕たちは、出入口付近で掃除をしていた若女将と会い、人気の林道までの道を教えてもらうことにするのであった。

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