第473話
「ようこそいらっしゃいました、
バスを降りて建物へ入ると、すぐにやってきた女性が正座をして頭を下げてくれる。
見た目からして女将さんだろうか。周りにいる仲居さんらしき人達とは着物の色が違うから、おそらく間違っていないと思う。
「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「
「狭間様でございますね。お待ちしておりました」
女将さんがそう言いながらにっこりと微笑むと、それを合図に仲居さんたちが荷物を受け取って運んでくれた。
この洗練された動き、そして木の香りがする壁と床一面に埋め込まれた大理石の豪華なコラボレーション。さすがは高級旅館である。
「二名でのご宿泊と聞いておりましたが、そちらの方はお連れ様でしょうか」
「……ああ、私は別だ。
「碧浜様ですね、失礼致しました。文科省の方にはご贔屓にして頂いております」
「仕事の話は無しで頼む。休暇をしろという上からの命令なものでな」
「かしこまりました。他の者にもそう伝えておきます」
女将さんは一礼してから立ち上がると、パンパンと手を叩いて奥に居た者をこちらへと呼ぶ。
そして、やってきた高校生くらいの女の子に「狭間様の案内を頼みます」と伝えると、自分は結衣さんを連れて先に行ってしまった。
「狭間様、本日はようこそいらっしゃいました。案内をさせていただきます、若女将でございます」
「え、若女将? それにしても若いね」
「まだ修行中の身です。至らない部分もあるとは思いますが、お客様が心地よく宿泊出来るよう、精一杯頑張らせていただきます」
「私たちとそう変わらないように見えるのに、すごくしっかりした子だね」
「ちなみに、年齢って聞いてもいいのかな?」
「先月で17になりました」
「ということは、奈々と同い年かな」
そう思って改めて2人を見比べてみると、やはり落ち着きが随分と違う。
こういう場所で育ってくると、やはりそれ相応の性格になるものなのだろうか。
いや、奈々も奈々でいい所が沢山あるし、落ち着きがないことを悪だという訳では無いけれど。
「じゃあ、若女将さん。部屋まで連れて行ってもらってもいい?」
「かしこまりました。あちらになります」
僕たちは結衣さんが通ったのとは別の方向へ歩き、途中で「段差にお気をつけください」と気遣ってもらいつつ部屋の前までやってきた。
「こちらのお部屋でございます」
若女将が開いてくれた扉から中へ入ると、ふんわりと漂ってきた畳の香りに頬が緩む。
待ちきれないと言った様子で部屋に駆け込んで行った奈々の靴を揃えてから僕も中へ入り、The和という雰囲気に心が和んだのを感じた。
「おばあちゃんちを思い出すね!」
「こんな豪華じゃなかったけど」
「そういう事じゃなくて……」
「わかってる、僕も思い出してたから」
「……えへへ♪」
邪魔するのも悪いと思ったのか、若女将は「昼食は12時頃にお持ち致しますね」とだけ伝え、後はサービス内容や利用方法が書かれた紙を残して退室して行く。
僕たちは小さく会釈をしながら見送ると、早速部屋の中を見て回ることにした。
大きなテレビなんかが置いてある大きめの部屋と、景色を落ち着いて眺められる小さめの部屋。その間を仕切るのは昔ながらの
これを閉じてしまえば、現代社会から隔絶されたような感覚になれて、木々のざわめきを聴きながら心を癒せるというわけだ。
「棚を開けると……漫画とか雑誌が入ってるみたいだね。これは子供を連れてきても飽きなそうだよ」
「私との子どもかな?」
「違うけど」
「ふふ、知ってる♪」
今回の旅行はあくまで『兄妹』として来る。そういう口約束をしたからか、奈々はあっさりと引いてくれる。
それはそれでどこか寂しさを覚えてしまうものではあるけれど、普通の仲がいい兄妹はこういう感じなのかと少し新鮮な感じもした。
「お兄ちゃんお兄ちゃん! 『各部屋に温泉を引いた露天風呂がついてます』だって!」
「そう言えば、大浴場だけじゃないんだっけ」
「ここなら一緒に入れるし、景色も良さそうだよ!」
子供のようにはしゃぎながらそう言う奈々を見ていると、胸の内から温かい何かが溢れ出てくる。
2人で来れてよかった。そう心の底から感じている自分がいると、頭で考えなくてと自然と分かるのだ。
「旅館の中も見に行こっか」
「うん♪」
キラキラとした笑顔の彼女と手を繋ぎ、部屋の鍵を閉めて廊下へと出る。
僕たちの高級温泉旅館探検は、その後ももうしばらく続いたという。……昼食の時間だと気付いて、慌てて部屋に戻るまでだったけどね。
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