第472話
「――――――そういうわけで、イヴがくれたんだけど……行く?」
「もちろんだよ!」
「イヴには
「はーい♪」
福引をして帰宅した後、奈々とそんな会話をしてから丸一日が経過した。
あれから2人で選んだ旅館に予約出来る日を聞いたところ、既にチケットがお客様の手に渡ったという連絡を受けて準備を始めていたらしい。
それを聞いておいて先延ばしにするのも悪いので、最速で宿泊出来る2日後……つまり今日に決定したのだ。
「それじゃあ、行ってくるね」
「ええ、楽しんできなさいよ」
「お土産話、楽しみに待っていますね」
朝早いと言うのにわざわざ見送りに来てくれた
ちなみに、僕たちが1泊2日の宿泊をする間、麗華も紅葉の家に泊まることになったらしい。
会えない寂しさを2人で慰め合うだとかなんとか言っていたけれど、とにかく仲良しなようで嬉しいよ。
「奈々、手繋ごっか」
「……いいの?」
「迷子にならないようにね」
「もう高校生なのに……子供扱いはやめてよ」
「じゃあ、しない?」
「んふふ、する♪」
兄妹仲良く旅行。すごく平和で幸せな2日間になるに違いない。
僕は心の中でそう確信しながら、いつも歩く駅までの道のりすらしっかりと踏みしめながら進むのだった。
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旅館までは電車で空港前の駅へ向かい、そこから長距離バスに乗って数県を移動する。
その終点で降りれば、すぐ側に旅館とバス停とを往復する専用バスが30分おきにやってくるので、それに乗ればいい。
数時間と普段は滅多にない長旅ではあったが、奈々と一緒なら話題も尽きなかった。いや、話をしなくても楽しく感じると言った方が正しいのかな。
一緒に景色を眺めたり、買っておいたお菓子を分け合ったり、そういう当たり前のことですらワクワク出来る。
兄妹っていうのは、そういう不思議な力みたいなものがあるのかもしれない。……まあ、僕たちみたいな少し特殊な兄妹に限られるのかもしれないけれど。
「ほら、すぐにバスが来るから急ぐよ」
「うん!」
長距離バスを降り、最後の乗り換えをすべく駆け足で近くのバス停へ向かう僕たち。
何とか来ていたバスに乗り込むことに成功し、30分待つことにならなくてよかったとほっとしていると、奈々がタオルで汗を拭ってくれる。
「お兄ちゃん、あんな運動で汗かき過ぎ」
「普段、走ることもないからね。あれでも僕にとってはきつい方だよ」
「ふふ、ジムとか行ってみた方がいいんじゃない? 筋肉がついてモテモテになるかもね」
「自分で言うのもなんだけど、そうなると奈々は嬉しくないんじゃない?」
「……妹のことがよくわかってるね」
「お兄ちゃんだから当然だよ」
そんな会話をしつつ、車内をぐるりと見回してみる。早めの時間だからか、他に乗っている人はそう多くない。
おじいちゃんおばあちゃんの夫婦、若いカップル、そして大きなサングラスと黒い帽子の怪しい人。
「っ……」
「……ん?」
怪しい人は僕と目が合った瞬間、ぷいっと慌てたように顔を背けてしまう。
知らない人に見られてこの反応をするのは分からなくもないけれど、やけに『見られたくない』という気持ちが溢れ出ていた。
僕がそういうタイプの人なのかと納得しかけた瞬間、サングラスの横側の隙間から目元が見える。
このキリッとした剣道部のような雰囲気、どこかで会ったことがあるような気がしてならなかった。
「もしかして、
「……人違いだろう」
「
「だ、誰のことだかさっぱりだ……」
「そうですよね。忙しい文科省の結衣さんは、僕のことなんて覚えてられないですよね」
「くっ……」
しゅんと落ち込んだような演技をして見せると、サングラスの向こう側の瞳が少し揺らぐ。
そして、断固として否定し続けていた声にも震えが混じると、短いため息と共に諦めて変装を解いてくれた。
「覚えている。だから、そんな顔を見せるな」
「やっぱり結衣さんでしたね」
「……ああ、ここで知り合いに会うとは思わなかったから、つい隠れたくなってしまった」
「気持ちは分かります」
よく文科省から派遣され、叔父さんがよからぬ事をしていないかを調査しに来ている
彼女は高い位置でまとめたポニーテールを揺らしながら、「せっかくの旅行で堅苦しい女とは会いたくなかっただろう」と呟く。
そんなことは無いと否定したかったけれど、隣から発される『この人誰オーラ』を感じ取った瞬間、何も言えなくなってしまったことは言うまでもない。
「……新しい女?」
「奈々、違うよ。文科省の人」
「どうしてそんな人と知り合いなの?」
「話せば長くなるけど、奈々も会ったことあるよ。紅葉と唐揚げ丼引換券を賭けて勝負した時に」
「…………ああ! そう言えば雑用させられてたような気がしないでもない!」
「そう。いつもこき使われてる頑張り屋さんなんだ」
「可哀想な人なんだね」
奈々の瞳が敵視から哀れみと変わってから10分間、バスが旅館に到着するまで、結衣さんはその優しい視線に耐え続けることになるのであった。
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