第471話

 2等の景品は十円掴み取り、1等の景品は特別な福袋。この時点で十分なほど得をしているイヴだが、まだ大トリが残っている。


「これが特賞だよ」


 おばちゃんから渡されたのは、金メダルでも入っていそうな透明のケースに挟まれた2枚の紙切れ。

 一体何かと覗き込んでみれば、『温泉旅館宿泊ペアチケット』と書かれているではないか。

 下に小さい文字で書かれている温泉旅館ならどこでも使えるようで、僕でも名前を知っているようなものばかりだった。


「よかったね、イヴ」

「……」ジー

「どうしたの?」


 こちらを見つめてくるイヴに首を傾げると、彼女は何故かチケットを1枚引っ張り出し、こちらへと差し出してくる。

 ペアチケットを1枚ということは、これだけで他の誰かを誘えるということになるが、2等ならまだしも特賞を半分も貰うのはさすがに気が引けた。


「これは受け取れないよ」

「……」フリフリ

「どうしても……?」

「……」コクコク

「うーん、やっぱり――――――――」


 断る僕とどうしても渡したいイヴ。そんな様子を見ていた紅葉くれは麗華れいかが、突然ぷっと吹き出す。


「ふふふ、イヴちゃんもたまにはちゃんと口で伝えなさいよ」

「さすがの瑛斗えいとさんでも分かりっこないですね」


 2人によると、イヴには僕が奈々ななと旅行に行こうと計画していることを話したらしい。

 それを覚えていた彼女は特賞を出して、プレゼントしてくれようとしていたんだとか。

 それを聞いた瞬間、僕まで笑顔になっちゃったよ。イヴは本当に器用で、同時に不器用だなって。


「そういうことなら、有難く受け取らせてもらうよ」

「……」コクコク

「ちなみに、もう1枚はノエルと?」

「……♪」

「本当に2人は仲良しだね」


 その言葉にトコトコと移動して、姉に抱きつきに行くイヴ。彼女はノエルの満更でもなさそうな様子に機嫌を良くしたらしい。

 双子が仲睦まじくイチャイチャしている様子には、思わず心が癒されちゃったよ。

 まあ、クンクンと匂いを嗅ぎ始めた時には、さすがに羞恥心が限界を迎えて拒まれちゃったけれど。


「イヴちゃん、そういうことは家に帰ってからね?」

「……」ジー

「な、何その目は……」

「……」ジー

「わかった、分かったから! 好きなだけさせてあげるから、もう少し我慢してね?」

「……」コク

「ふふ、えらいえらい」

「……♪」


 頭を撫でられて大人しくなるイヴ。それを眺めていた紅葉がこちらへチラチラと視線を向けてくるので、「紅葉もして欲しい?」と聞いたらそっぽを向かれた。

 こういうのは聞くよりも先にやっちゃう方が、彼女の性格的に素直になりやすいんだろうね。次からはそうしよう。


「なら、私にしてください!」

「麗華も撫でて欲しかったの?」

「他の殿方の穢れた手には触れられたくありませんが、瑛斗さんの手なら喜んで!」

「別にみんなトイレの後は手を洗ってると思うけど」

「そういう意味じゃありません。好きな相手から触れられたいと思うことは、至極当然ということです」

「なるほど」


 麗華の言葉に頷いた僕は、心の中で前言を撤回した。プルプルと肩を震わせている紅葉と何かを企んで居そうな麗華の表情に、『次からは』なんて呑気なことを言っていられないと察したから。


「つまり、触れられたいと思っていない東條とうじょうさんは、瑛斗のことを好きでは――――――」

「好きよ! 好きに決まってるでしょうが!」

「では、何か言うことがありますよね?」

「っ……な、撫でてもいいわよ」

「人に物を頼む時は?」

「な、撫でてください! これで満足?!」

「んふふ、大満足です♪」


 見事言いくるめることに成功してご満悦の麗華。僕は真っ赤な顔の紅葉を撫でながら、Sっ気全開だった彼女の高揚した表情に、苦笑いするしか無かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る