第470話

「なかなか運がないねぇ」

「……」ジー

「お前さんが最後の子かい?」

「……」コク


 撃沈した4人の間を通り、ガラガラの前に立つイヴ。彼女は気合を入れるためか長袖をまくると、真っ白な腕を伸ばしてハンドルを握る。


「どうせ白か緑しか出ないのよ……」

「私たちは所詮敗北者です……」

「負け組バンザイ……」


 イヴはセンチメンタルになっている3人をチラッと振り返ると、深呼吸をしてからガラガラをゆっくりと回し始め―――――――――なかった。

 彼女は右へ回したかと思えば左へ回し、また右へ左へを繰り返している。その光景は、ただただ抽選機を揺らしているだけに見える。

 しかし、イヴが何も理由なくあんなことをするタイプではないことを僕はよく知っている。ぼーっとしているように見えて、すごく賢い子なのだから。


「……お嬢ちゃん、右回転であってるよ?」

「……」コク

「分かってる、ってことなのかい?」

「……」コクコク


 ウンウンと頷いた彼女は、最後にもう一度大きく反対方向へ振ると、勢いをつけてガラガラを回転させた。

 しかし、その勢いは他4人とは比べ物にならないほど速く、踏ん張っているようにも見えない姿からは想像も出来ない力が込められていることが分かる。

 あまりのスピードに内部の玉も出てこられなかったようで、20回転ほどしてようやく初めの白玉が排出された。


「……うーん、残念だね」


 おばちゃんはあらまと言わんばかりの表情を見せるが、イヴは変わらず回転の手を緩めない。

 そして2個目、3個目の玉が転がり出てきた瞬間、僕は彼女のおかしな行動の意図を全て理解した。

 だって、排出時に明らかに重そうな音を立てたそれは、太陽光を眩しいくらいに反射する『金』と『銀』だったのだから。


「お、大当たりだよ、お嬢ちゃん!」

「…………」

「……お嬢ちゃん?」


 おばちゃんがカランカランとベルを鳴らすと、周囲の人たちの視線がこちらへと集まってくる。

 金と銀が連続で当たったとなれば、通りがかりの人ですら足を止めてしまうほど。

 それでもイヴは表情ひとつ変えないまま、相変わらずハンドルを高速で回転させ続けていた。

 その理由はただ一つ。まだまだ当たりが出ることを確信しているからである。


 ゴトン、ゴトン、ゴトン


 彼女が少し回転を緩めると、出口付近に固まっていたらしい3つの玉が同時に出てきた。

 その色は順番に『金』、『銀』、『金』。これで金が3つに銀が2つ、金に関しては中に入っていたもの全てを一人で手に入れてしまったことになる。


「お、お嬢ちゃん……もう満足じゃないかい?」

「……」フリフリ

「大人しそうに見えて意外と強欲だねぇ?!」

「……」コク


 イヴがあれほど出なかった当たりをここまで引ける理由。もちろん既に40個もハズレが出ていることで、確率が上がっているおかげでもある。

 しかし、それでは最初の奇行の説明がつかない。あれがあったからこそ、彼女は簡単に金を手にできたのだ。


「なるほど、確かにおばちゃんが言ってたわよね」

「ええ、金は純金だから数百倍重い……でしたか」

「さすがイヴちゃん、策士だよ♪」


 先に紅葉くれはたちに解説されてしまったけれど、つまりはそういうことである。

 箱に入った砂の上にビー玉を乗せて揺すると、ビー玉は砂より重いためそこへ沈んでいく。

 初めに本体へ振動を与えておけば、白玉よりも重い純金の玉や銀の玉も、ビー玉と同じ原理で1番下へと沈み、排出口の近くに集まりやすくなるのだ。


 ゴトン、コトン、ゴトン


 中を覗くことは出来ないため、白が出てくることもあるが、それでも強い作戦であることに違いはない。

 イヴは最後の一周により力を込めて回すと、金や銀よりも鈍い音を立てて転がった玉を見て瞳を輝かせた。

 彼女の本当の狙いはこれだったらしい。おばちゃんの方は、開いた口が塞がらないままベルを持つ手を震えさせているけれど。


「ぷ、プラチナ玉……特賞まで出すとは……」


 こうしてイヴは白玉2個、金の玉3個、銀の玉4個、プラチナ玉1個を獲得し、係の人たちの間で『福引バスター』と呼ばれるようになったのだった。


「良かったね、十円玉掴み取りが4回も出来るよ」

「……」ジー

「ん? どうしたの、手のひらなんて合わせて」

「……」チラチラ

「あ、僕の方が手が大きいから代わりにやれって?」

「……」コクコク

「わかった、頑張るね」


 その後、調子よく2000円分も獲得出来た僕は、報酬として1割を譲り受けたことはまた別のお話。

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