第469話

 あれから7分後、ようやく10個の玉を吐き出させたノエルは、並べられたそれらを見てガックシと肩を落とした。


「全部……白……」

「どんまいね」

「努力したことに意味がありますよ」

「……」コクコク


 3人も気を遣ってくれているが、残念賞と書かれた紙袋を大量に受け取る彼女にとっては、傷口に塩を塗っているようなもの。

 堪える悔し涙をティッシュで拭いてやろうと紙袋の中身を取り出すと、それを左目元にそっと押し当てようとして―――――――――――。


「……ん?」


 想像とはあまりに違う手触りに首を傾げた。

 それもそのはず。だって、この1万円福引の白玉は1番下の景品であるにも関わらず、ポケットティッシュでは無いのだから。


「おばちゃん。これってもしかして……」

「シルクのハンカチだよ」

「なっ?! やっぱり富豪の遊びでやってるよね?!」

「しーっ! それ以上言うと、サウジアラビアに油田を持ってる影の支援者N氏に消されちまうよ!」

「や、やっぱり誰か居るよぉ……」


 娯楽であったはずの福引に影が垣間見える。その事実に怯えてしまったらしいノエルは、震える足でこちらへ戻ってくると、残念賞をぎゅっと胸に抱えながら下唇を噛み締めた。


「私……やっぱり普通の福引で満足だよ……」

「……」ヨシヨシ

「イヴちゃんも気を付けてね? 1等なんて当てたら消されちゃうかもしれないし」

「……」コクコク


 姉を安心させるために力強く頷いたイヴは、ノエルの頭をそっと撫でてあげる。

 この様子では次にイヴにやってもらうのは無理そうなので、僕が先に回させてもらうことにした。


「おばちゃん、お願いします」

「じゃんじゃんいいもの当てちゃって!」


 おばちゃんの言葉と同時にハンドルを両手で握った僕は、一度反対向きに引っ張って勢いをつけてから思い切って一周させる。

 ただ、あまりにも記憶にあるガラガラと違いすぎたせいで、回ってきたものを止めきれず、そのまま二周三周と次々に玉を排出させてしまった。


「白、白、白……うん、次も白だね」


 シルクハンカチカウントが増していくのを聞く度に止めようと思うが、6を超えてからはもういいやと流れに身を任せることにする。

 そうして10個目にようやく緑色の玉が排出された瞬間、おばちゃんが片手を振り下ろして回転を止めた。

 いくら筋肉と無縁であるとは言え、男子高校生が振り回されるような回転力である。このおばちゃん、只者ではないのかもしれない。


「おめでとさん。残念賞が9つに、4等のトイレットペーパー12ロール入りが当たったよ」

「4等の方が景品が安くなってません?」

「間違いなく需要は高いよ」

「それはそうでしょうけど」


 白以外の色を見て少し喜んでしまった気持ちを返して欲しい。というか、福引券の裏に書いてあった景品と全く違うのはどうしてなのだろう。

 そんな疑問を抱えつつ、「私がやります!」と立候補してくれた麗華れいかと交代する僕。

 ちょうど今朝、トイレットペーパーを買い足さないといけないという話を奈々ななとしたばかりなので、これも運命だと自分を納得させておいた。


「良いものは良いものだと分かる人のところに来るんです。ふふ、私には見分けられるだけの経験と知識があります」

「お嬢ちゃん、頑張りな!」

「はいっ!」


 回す前に「1等……いえ、ひとつしかない特別賞を狙います!」と宣言した麗華が、最終的に近くのベンチで仰向けになるまでの流れは割愛しておこう。

 白が出る度に心做しか重力に負けていく彼女の様子は、語るも思い出すも酷すぎるから。


「ついに私の番ね、待ちくたびれたわ」

「はぁ、お肌もくたびれてしまえばいいのに」

白銀しろかね 麗華? 私が手を出せないと思って調子に乗ってると痛い目見るわよ?」

「心だけでなく体もボロボロにするつもりですか」

「……そう言われると許すしかないじゃない」


 結局、しゅんとしている様子が可哀想だったらしく、聞かなかったことにしてあげた紅葉は、ガラガラの前に立ってハンドルを握る。

 しかし、そのやる気を削がれてしまうとある問題が発覚した。……そう、身長だ。


「な、何よこれ。上まで手が届かないじゃない!」


 普通の福引なら大丈夫だったのだろうが、背の低い彼女はこの通常よりも大きなガラガラを回転させた時、一番高い位置まで回せないのである。


「……瑛斗えいと、手伝いなさい」

「どうやって?」

「持ち上げるのよ、私を」

「負担大きくないかな」

「文句言わずに動きなさいよ!」


 きっと、早く福引がしたくてうずうずしてたんだろうね。仕方なく手伝ってあげることにはしたけれど、上手く踏ん張れない状態で回すのは至難の業。

 普通に回すのの何倍も苦労して、転がり出てきたのが白と緑だけだったのを見て、お互いに項垂れるしかなかったことは言うまでもない。

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