第465話

 冬休み1日目。早速出された課題に手を付けようかと思い始めた昼頃、ちょうどペンを握ったタイミングで家の中にインターホンが鳴り響く。

 紅葉くれは麗華れいかだろうかと思いつつ玄関を開けてみると、そこに立っていたのはつい2日前に顔を合わせた人物だった。


千聖ちさとさんじゃないですか」

「こんにちは、瑛斗えいとっち♪」


 突然の訪問者である千聖さんはニコニコしながら手を振ると、「突然来ちゃってごめんね、紅葉っちから場所を聞いたんだけど」と頭を下げる。

 もちろん訪問に関しては、余程忙しかったり大変だったりしない限りはいつ来てもらっても構わない。

 むしろ、冬休みは課題が終われば暇なので、大歓迎とすら言えるほどだ。

 ただ、仲良くなってすぐに家へ来るという行動力には正直驚いたよ。


「どうかしたの?」

「迷惑かけたお詫びをしたくてね」

「そんなの、紅葉と仲良くしてくれるだけで十分なのに」

「それはちーちゃんが仲良くしたいからしてるの。瑛斗っちへのお返しにはならないよ」

「それもそっか」


 千聖さんはウンウンと頷くと、先程からチラチラと見えていた袋を目線の高さに掲げる。

 何かと思って覗き込んでみれば、入っているのは食材らしい。玉ねぎやじゃがいも、人参と定番のものが並んでいるから、今晩はカレーでも作るのかな。


「お昼、もう食べた?」

「まだだよ」

「それじゃあ、ちーちゃんが作ってあげる♪」

「……ん?」

「だから、お昼ご飯を作ってあげに来たの。美味しいものを食べてもらって、喜んでくれればお詫びも完了!」

「いやいや、それは悪いよ。それに、お昼ご飯はいつも適当に済ませてるし」


 いつも奈々ななに作ってもらっているとは言え、妹と他所様の娘さんとでは訳が違う。

 しかも千聖さんはモデルだ。せっかくのお休みの日だと言うのに、少し彼女ら姉妹のことに口出ししただけの自分のためにキッチンに立たせるのは忍びなかった。


「遠慮はいらないって♪」

「遠慮って言うか、F級の僕のために料理させるのは申し訳ないって言うか……」

「あ、ちーちゃんね、F級だからとかS級だからってのやめたんだよね。目が覚めたって言うか?」

「それは嬉しいけど、やっぱり料理はダメ。そういうことは大切な人のために初めてを置いておくものだから」


 僕がそう言うと、彼女はニヤニヤ笑いながら「じゃあ、問題ないよ?」と顔を寄せてくる。

 改めて見るとさすがモデルと言える整った顔立ちで、スタイルも良ければ背も高い。

 確かにこの風貌で『邪魔、ド底辺が』なんて言われれば、嫌うどころか拝んでしまう少し変わった趣味の人がいてもおかしくは無いね。


「だって、瑛斗っちは大切な友達だかんね♪」

「それは……ありがとう?」

「どういたしまして!」


 友人認定されて少し嬉しい気持ちになっている僕の横を通り、千聖さんは「お邪魔しまーす」と家に上がってしまった。

 だが、食材の準備までして、友人だからとまで言われ、この状況でも料理は許さんと言えるほど頑固ではないつもりだ。

 僕は仕方ないと気持ちを切り替えると、「楽しみにしててね〜♪」とニコニコする彼女をキッチンまで案内する。

 以前、気まぐれで料理をした時に奈々が「どこの女が……?」と問い詰められたことがあるけれど、今回も何とか誤魔化して乗り切ろう。


「ほら、完成までは秘密! 瑛斗っちは向こうでゆっくりしてて?」

「わかった、完成したら呼んでね」

「おけまる〜♪」


 千聖さんのモデルとしての持ちポーズらしい『おけまるポーズ』をされた僕は、大人しくリビングへと向かう……フリをしてドアの陰に隠れた。

 だが、あれだけ自信満々だったにも関わらず、「痛っ」だとか「どれくらいの大きさに切れば……」と困っている彼女の様子に、見ていられなくなってこっそり立ち去ったことは言うまでもない。


「出来ないなら無理しなくてよかったのにね」

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