第464話

「……彼女、事故で死んじゃったんです」


 あまりに衝撃的なことを言ったからか、叔父さんはしばらく何も言わなかった。

 ただ、「悪いことを聞いちゃったね」と呟くと、申し訳なさそうに後ろ頭をかく。


「いいんです、もう昔のことですから」

「それでも、君はまだ忘れられないんだろう?」

「……そうかもしれませんね」


 僕はあの日、彼女と公園で特訓をする約束をしていたのだ。ただ、おばあちゃんが病院に運ばれたため、お見舞いを優先したのだ。

 あの頃は携帯なんて持っていない年齢だった上に、電話番号すら知らない。知らせる方法なんてどこにもなかった。

 そして3日後に公園を訪れた際、その近所に住んでいるおばちゃんから事故のことを聞いたのである。

 いつもここで遊んでいた、活発な長い髪の女の子。そう言われれば、幼い脳みそでも二度と一緒に遊べないということが察せた。


「でも、それは君の責任じゃないだろう?」

「責任って、目に見えないから厄介なんです。悪いのは車の運転手ですけど、僕も責任を感じてるんですから」

「……両親には?」

「話してません、奈々ななにも」

「じゃあ、ずっと一人で抱えてきたんだね」

「そうすることでしか、僕は彼女の命に対する償いが出来ませんから」


 仕方なかったと言えば仕方なかったけれど、約束を言い出したのも破ったのも僕。

 なら、元を辿れば悪いのは僕で間違いない。その未来があったなら、彼女の方が生きて僕が死んでいたかもしれないのに。

 そこまで考えて、いやいやと心の中で首を横に振る。自分が犠牲になれればよかったなんて考えは、亡くなった相手に対して一番失礼なことだ。

 僕は彼女のためにも、大切な人をみんな幸せにする。それが自分にとっての幸せであり、償いにもなると信じて生きてるんだから。


「話してくれてありがとう。お礼と言ってはなんだけど、駅前でやってる福引の券をあげるよ」

「いいんですか? これ、1万円分買わないと貰えない良いバージョンの券ですよね。それがこんなにたくさん……」

「少し大きな買い物をしてね。旅行でも当たれば癒されてくるといいよ」

「それは助かります。ちょうど奈々と行こうって話していたので」


 どうやら、これで聞きたいことは全て聞けたらしく、叔父さんは最後に「強く生きなさい」と口にして奥の部屋へと入って行った。

 僕は券を揃えてカバンの中に入れると、一礼してから学園長室を後にする。


「久しぶりに思い出したなぁ、あの子のこと」


 いつか彼女の正体が分かって、遺族の人達に謝ることが出来たら、お墓に手を合わせることを許してくれるだろうか。

 きっと、初恋の相手だったなんてことは、死ぬまで打ち明けられないだろうけれど。


「……その日までにちゃんと後悔も消しておくからね」


 自分に言い聞かせるようにそう口にして、僕は誰も残っていない廊下をゆっくりと歩くのだった。

 ==================================


「もう行ったかい?」

「はい、そのようです」


 瑛斗が退室した後、奥の部屋で秘書から資料を受け取った学園長は、そこに目を通すなりすぐに小さく頷く。


「先程聞いた話と下調べした情報に大きな違いはございませんでした」

「それは良かった。ということは、ボクの甥っ子の初恋の相手はやはり……?」

「はい。警察内部の協力者に提供して頂いた情報と参照したところ、当てはまる人物は1名に絞られました」

「そうか、ありがとう。その働きの見返りに、今夜は沢山可愛がってあげよう。準備をしておいてくれたまえ」

「楽しみにしていますね」

「ああ、ボクもだ」


 呼吸をするかのような自然さで秘書とイチャついた彼は、彼女がコーヒーを淹れるために出ていったタイミングで深いため息をこぼした。

 その手に握られている資料に書かれているのは、先程話していた瑛斗の初恋の人の正体。

 もしも今は関係の無い誰かなら教えてあげようとも思っていたが、きっと彼らのためにも秘密にしておいた方がいいのだろう。

 知ってしまったら、せっかくの美しい友人関係が壊れてしまうかもしれないから。


「……これは、運命としか言いようがないね」


 学園長はそう言いながら鍵付き引き出しを開けると、その一番奥に資料を入れてしっかりと鍵をかけておくのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る