第463話

 千聖ちさとさんと仲良くなれた日の翌日、学生にとって学校という場所から開放されるための儀式、終業式が行われた。

 それが終われば、それぞれの教室で長期休暇中の注意事項などが話され、生徒たちは元気に帰路に着く。

 そんな中、僕だけは人波に逆らうように歩き、とある場所へと向かっていた。


 コンコン


 目的地の大きな扉をノックすると、向こう側から「入ってくれたまえ」という声が聞こえてくる。

 僕は「失礼します」と口にしてからドアノブを捻り、学園長室の中へと入った。


「呼び出して悪いね」

「いえ、構いません。大事な話があるんですよね?」

「その通りだ。と言っても、少し君から話を聞いておきたいってだけなんだけどね」

「世間話ですか?」

「まあ、そんなところかな。可愛い甥っ子の過去について聞いておきたくてね」


 叔父さんはそう言いながら机の引き出しを開けると、中から見覚えのある機械を取り出してこちらへ向ける。


「ついでにステータスの変化も見てあげよう」

「いいんですか?」

「職権乱用なんてお手の物さ。瑛斗君もそろそろ恋愛に関心が出てきた頃だと思うんだよ」

「自分ではよく分かりませんけど。確かに、異性だと意識する機会は増えましたね」

「それは期待できそうだよ」

「どの道、恋愛は禁止ですけど」

「はは、それはその通りだね」


 叔父さんは微笑みながら機械のスイッチを入れると、表示された数値を見て眉をひそめる。

 ただ、僕が覗き込もうとするとすぐに引っ込めてしまって、「着実に恋愛無関心度は下がってきてるよ」と機械を引き出しへ片付けた。


「そうですか。それなら良かったです」

「この調子で進めていけば、大学生になるまでには普通に恋愛が出来るかもしれないよ」

「楽しみですね」

「君が一体誰を選ぶことになるのかは分からないけど、とりあえず数値に関してはここまでにしよう」


 彼はそう言って話を切り上げると、本題である『過去』について踏み込んでくる。

 それは僕にとって、まだこの学校の誰にも話したことの無い話題。別に話したくない訳じゃない、話す必要がなかったから話さなかった。

 それでもいざ真正面から聞き出されるとなると、やはり躊躇ためらってしまう部分がある。

 だって、叔父さんが聞きたがっている出来事こそ、僕が恋愛に関心を持たなくなってしまったきっかけでもあったから。


瑛斗えいと君と同じステータスを手にした生徒への対応の参考にしたいんだ。協力してくれればお礼もしよう」

「別にいいですよ。叔父さんとの世間話だとでも思いますから」

「そうかい? それじゃあ、お願いできるかな?」


 その言葉に頷いた僕は、頭の中で自分の記憶を遡っていく。中学生の時ではなければ、小学校高学年の時でもない。

 物心がついているのかどうかも怪しいような、まだまだ世間知らずだった小学校2年生の時のことだ。


「僕、好きな子がいたんです。公園でよく会うようになっただけで、お互いに名前なんて知りませんでしたけど」

「ほう、それは驚きだ」

「あの頃も今と同じような性格でしたし、運動だって得意じゃありませんでした。ただ、その子に会いたくて毎日公園に行っていました」

「きっといい日々だっただろうね」

「はい、すごく楽しかったですよ。木登りを教えて貰ったり、逆上がりを手伝ってくれたり。僕だけでは見れない景色の見える場所に、彼女が手を引いて連れていってくれたんです」


 話しているうちに心が温まっていくのがわかった。けれど、いくら幸せな時間だけを思い出そうとしても、必ず全てをひっくり返した出来事も着いてきてしまう。

 だから、あまり思い出したくは無いのだ。初恋が自分の知らない場所で散っていたと知ったあの日のことは。


「……彼女、事故で死んじゃったんです」

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