第462話

「これは姉妹の問題、お姉ちゃんが解決する!」


 そう叫んだ魅音みおんさんは、千聖ちさとさんに歩み寄ると真っ直ぐに見つめ合う。

 それからゆっくりと深呼吸をすると、勢いよく振り上げた手で妹の左頬を思いっきりビンタした。

 鋭い痛みを感じた千聖さんは後ろによろけ、そのまま尻もちをついてしまう。

 これは僕もさすがに止めようとしたけれど、叩かれた本人から来ないでと拒まれてしまえば、それ以上は何も出来なかった。


「千聖、お姉ちゃんはあなたのことが大嫌いだよ!」

「っ……」

「昔から何がしたいのか分からないし、低ランクだって馬鹿にしてくるし、人のお菓子も勝手に食べるし!」

「ご、ごめんなさい……」

「でもね、私はお姉ちゃんだから。千聖がS級だとか、モデルやってるとか、自分よりも親に期待されてるとか関係ないの!」


 魅音さんは千聖さんの胸ぐらを掴むと、そのまま床に押し倒すように乗りかかって全力で叫ぶ。

 ただ、すぐに声が枯れてきたり、声が裏返ったりしている辺り、きっと普段から怒り慣れていないんだろうね。言葉を紡ぐのが難しいって、文化祭の時も言われてたし。


「千聖がS級でもモデルでも幸運体質でも、私の妹なの。お姉ちゃんだけは紺野こんの 千聖ちさとを紺野 千聖として見てあげなきゃいけないの!」

「お姉……ちゃん……」

「私は知ってるよ。千聖が誰かに悪口を言った後、一人で落ち込んでること。お父さんやお母さんの言葉でさえ信用出来なくなってることも全部」

「…………」

「お姉ちゃんはそんな本当は優しい千聖のことが大好き。でも、本当の気持ちを隠しちゃうあなたは大嫌いだよ」

「うぅ……」


 魅音さんが「おいで」と両腕を広げると、体を起こすと同時に涙を堪えきれなくなった千聖さんが子供のようにそこへ飛び込んだ。


「大丈夫、お姉ちゃんと狭間はざまくんの言葉は信じて大丈夫だから。優しい言葉も辛い言葉も、全部本物だからね」

「わかった……信じる……」

「ん、いい子いい子。それじゃあ、迷惑をかけた2人に謝ろっか」


 僕は魅音さんの言葉に「2人?」と首を傾げたけれど、すぐにいつの間にか横に立っていた紅葉に気がついて納得した。


「瑛斗っち、ごめんね。私、怒られることが幸せだって思い込んでた……」

「僕も怒られないことが決して幸せじゃないって勉強になったよ」

「ふふ、紅葉っちも身長のこととか言ってごめん」

「謝ってくれればそれでチャラよ。私こそ、あなたの事を何も知らずに喧嘩しちゃって悪かったわ」

「ううん。それで……その、紅葉っちがもし良かったらなんだけど……」


 ツンツンと人差し指を突き合わせながら言葉を詰まらせる彼女に、紅葉は「分かってる」と先回りして答える。


「心配しなくても、今回の件であなたにかける言葉を考え直したりはしないわ。嘘偽りなく、嫌いなら嫌いって言ってあげる」

「ほ、本当……?」

「自慢じゃないけど、私って自分に嘘つくの苦手なのよ。誤魔化すのは身長だけで精一杯よ」

「……ふふ、その自虐つまんない♪」

「あなたねぇ……まあ、いいわ。お互い正直に言い会えたってことで」


 人と人の対話というのは不思議なもので、数分前までは嫌いだと言い合っていたような相手が、いつの間にか仲良くなっていたりする。

 僕は友達1号である彼女に新たな友人が出来たことを心の中で喜びつつ、「紅葉の身長って確か151……」と教えてあげようとして思いっきり殴られた。


「気軽に言ったら夜中に部屋に忍び込むわよ?」

「じゃあ、代わりに僕が紅葉の部屋に忍び込むね」

「どうしてよ?!」

「他の人の部屋で寝てみるのも悪くないかなって」

「じゃあ、ちーちゃんの部屋貸してあげよっか? その時はちーちゃんも着いてきちゃうけど♪」

「は? 調子に乗ってると沈めるわよ?」

「く、紅葉っちの目、めちゃくちゃこわぁ……」


 結局、この後4人で駅前のパフェを食べに行き、紅葉は見張り役として自分も誘ってくれるならお泊まりも許すという条件までまとまっていた。

 そんな彼女が別れ際に言った、「少なくとも、ここにいる人たちは嫌いじゃないわ」という呟きで、みんなが笑顔になったことは言うまでもない。

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