第460話

千聖ちさとさんってモデルをしてるんだっけ」

「そうだけど?」

「すごいね、僕はあまり興味が無いから雑誌とかは見ないけど」

「……バカにしてる?」

「褒めてるんだよ」


 そんな会話をしながら歩いていると、もう少しで売店というところで千聖さんが2、3歩先でこちらを振り返る。

 表情を見る限り、なにか不満を抱えているらしく、元々キリッとした瞳をさらに細めてこちらを睨んでいた。


「どうかした?」

「それはこっちのセリフ。ちーちゃんに言いたいことがあるから連れてきたんじゃないの?」

「いや、話せば仲良くなれるかと思って」

「……F級と仲良くなんてするわけないじゃん」

紅葉くれはも前はそう言ってたよ。でも、人は変われるって証明してくれた」

「私も変われるって思ってるんだ?」

「うん。だって、モデルになれるほどの努力が出来る人なんだもん。悪い人なわけないよ」


 僕がそう言うと、彼女は少し何かを考えてからゆっくりと首を横に振る。

 そして「私は悪人だよ、瑛斗っちに嫌われてるんだから」と、修学旅行で追い返す時に使った言葉を持ち出してきた。


「私はね、君より偉いの。ずっとずっと偉くてすごいんだよ。こうして会話してること自体、ありがたいと思って」

「もちろん思ってるよ。僕の自己満足のために時間を取らせて、申し訳ないとも思ってる」

「……自己満足?」

「そう。僕は魅音みおんさんを見捨てたくないから、自分が後々嫌な気持ちにならないために自己満足で手を差し伸べただけ」

「じゃあ、何も見返りがなくても助けるんだ?」

「明日の自分を嫌いにならずに済むなら、それが一番の報酬だよ」

「……気持ち悪っ」

「自分でもそう思う」


 少し自嘲するようにそう言うと、千聖さんはその返答が気に入らなかったのか、握りしめた拳を壁に勢いよくぶつける。

 怒らせてしまったのかと謝ろうとしたが、ゆっくりと上げられた顔を見てやっぱりやめた。

 だって、その表情は怒りでもバカにしたような笑みでもなく、何かを悔しがる時のものとしか思えなかったから。


「千聖さん、大丈夫?」

「どうして…………なの……」

「ごめん、よく聞こえないんだけど」

「どうしてちーちゃんを怒らないのかって言ってるの!」

「……どういうこと?」


 僕はこれまで、麗華れいかやノエルたちの問題に深く介入してきた。

 それは全てが偶然ではなく、見捨てたくないという気持ちから意図的に行った部分も多い。

 ただ、今回ばかりは予想外すぎた。そもそも千聖さんがどんな人かも知らないと言うのに、自分を怒れだなんて言われるとは夢にも思わなかったから。


「私はこんなにも瑛斗っちを見下してるんだよ? なのにどうして私の悪口を言わないの!」

「言ったところで意味なんてないからだよ」

「ちーちゃんは言って欲しいの。何でもいいから言って、嫌いになって!」

「意味がわからないんだけど」

「修学旅行の時みたいに、大嫌いだって目で私のことを睨みつけて欲しいだけなの!」

「そんなこと出来ないよ……」


 肩を掴まれて揺らされてもただ戸惑うだけの僕に、目を潤ませた彼女はその場に崩れ落ちる。

 どう声をかけてあげればいいのか、何をすれば涙を止めてくれるのか、何もわからなかった。


「えっと、とりあえずメロンパンを買おう。そこのベンチで食べながら話聞くからさ」

「……うん」


 小さく頷いた彼女の手を引いて売店に入った僕は、メロンパンをレジへと持っていって購入する。

 その分のお金を返してなんて言える雰囲気では無いので、これくらいは話を引く必要経費だと思うことにして、何も言わずにベンチに腰を下ろした。


「それで、どうしてそんなに怒られたいの?」

「……ちーちゃんってS級でしょ?」

「そうだね」

「元々、この学校に入学したのはS級になれないことを証明するためだったの」

「どういうこと? S級には誰だってなりたいのに」

「私はそうじゃなかった。何もかもが上手くいく現実が怖くて、上手くいかないことを見つけたかったから」


 そう言いながらデバイスを操作した千聖さんは、本来であれば見ることの出来ない自身の隠されたステータスを見せてくれる。

 そこに書かれていたのは『幸運体質』、要するに萌乃花ものかとは正反対にとてつもなく運がいいということだ。

 それから彼女はメロンパンの包装を開けてかぶりつくと、唇についた欠片をペロリと舐め、吐き出すように呟くのだった。


「性悪女を演じても、下のランクの人からは崇められてる。みんながお世辞を言ってるようにしか見えなくなって……何も信じられなくなっちゃった」

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