第459話

 今日は残りのテストが一気に返却される日。今学期はあと終業式を受ければ冬休みに入るため、赤点を取ってしまった人以外はみんな浮かれ気分だ。

 ノエルも何とか課題を間に合わせ、平均点くらいは取ってくれたようなので、僕の周りでは萌乃花ものか以外補習なしということになる。

 色々と忙しかったとは言え、彼女の勉強も誰かに頼んで見てもらうべきだったかもしれないね。


「……ん?」


 そんなことを思いながら紅葉と一緒に廊下を歩いていると、どこからか誰かを怒るような声が聞こえてきた。

 こういうことには首を突っ込まない方がいいだろうけれど、僕はその声に聞き覚えがあったのだ。過去に一度だけになるけど。


「お姉ちゃん、ちーちゃんの言うこと聞けないの?」

「そ、それは……その……」

「C級なのにS級に反抗するんだ?」

「違うよ! すぐに買ってくるから!」


 声の発生源は階段裏らしい。そう突き止めた僕がこっそりと覗こうとすると、向こうから飛び出してきた女の子とぶつかってしまった。

 転んだ彼女を慌てて引っ張り起こし、制服についてしまった埃を払ってあげる。

 そして、やっぱりそうだったと言わんばかりにその人物の名前を口にした。


魅音みおんさん、それから千聖ちさとさん」


 そう、そこに居たのは文化祭の時にカードゲームで同じく決勝まで残った紺野こんの魅音みおんさん。

 それから修学旅行で夜中に部屋に忍び込んだ挙句、僕たちの作戦に完敗して逃げ帰った紺野こんの 千聖ちさとさんだ。


「あっ、狭間はざまくん……」

「覚えてくれてたんですね」

「優勝者だから、印象に残ったのかな」


 あの時の魅音さんはタロットを使っていたから堂々としていたけれど、普段はかなり雰囲気が違う。

 どこかおどおどしていて、少なくともタロットなんてものを握っている姿は想像できなかった。


「苗字が同じだとは思ってたけど、千聖さんたちって兄弟だったんだね」

瑛斗えいとっちと紅葉っち……何か用?」

「怒鳴り声が聞こえたから気になっただけだよ」

「それなら早く向こう行ってよ。これは姉妹の問題なんだから。だよね、お姉ちゃん?」

「……う、うん」


 戸惑いながらも頷いた魅音さんは、ポケットから取り出したがま口財布を握りしめて僕の横を通り過ぎていこうとする。

 けれど、僕はこのまま彼女を行かせることができなかった。だってここで見て見ぬふりをしたら、二度とチャンスが来ないかもしれないから。


「魅音さん、何を買いに行くの?」

「その、メロンパンを……」

「メロンパンか。それなら僕でも買えるね、代わりに行ってくるよ」

「は? 瑛斗っち、勝手なこと言わないでくれる? そんなのダメに決まってるじゃん」

「もっと勝手なこと言わせてもらうけど、僕が行くからには千聖さんにも着いてきてもらうから」

「いやいや、F級が指図しないでくれない?」

「そこまで拒むなら別にいいんだよ。ここに残れば紅葉が何するか分からないけど」


 そう言いながら振り返ると、紅葉は今にも刺してしまいそうな目で千聖さんを見ていた。

 自分と同じS級をここで相手にするのは愚策だとでも考えたのだろう。彼女は短いため息をこぼすと、仕方ないというふうにこちらへ歩み寄ってくる。


「分かったから、早くそのちっちゃいのを宥めて」

「紅葉、どおどお」

「わ、私は馬じゃないわよ!」

「千聖さんにいちごミルク買ってもらうから、ここで魅音さんと一緒に待っててね」

「瑛斗っち? 何を勝手に決めてるのかな?」

「ほら、早く行かないと売店閉まっちゃうよ」

「……はぁ」


 背中を押された千聖さんは呆れたような顔をしつつも、何だかんだ途中からは自分の足で歩き始めてくれる。

 ここで強引に拒んだりしない辺り、本当はそこまで悪い人じゃないのかもしれない。

 些細な行動からそう読み取った僕は、売店までの道中で何とか魅音さんを助ける方法はないかと探ることにするのであった。

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