第454話

「ついに期末テストも3日後なのね」

「冬休みも近いですし、ここが踏ん張り時ですよ」


 東條とうじょう家の紅葉くれはの部屋にて、ノエルの宿題を手伝っている瑛斗えいと抜きの勉強会が行われていた。


「冬休み、何しようかしら」

「長くはありませんから、計画が大事ですね」

「旅行とか行っちゃいます?」

「それいいわね、採用よ」

「冬に行くならやっぱり温泉とかでしょう」

「私はお兄ちゃんとなら家のお風呂で十分ですけど」

「私だって瑛斗となら…………ん?」

「瑛斗さんと二人きりならどこだって…………ん?」


 好きな人と2人でお湯に浸かる光景を思い浮かべてニヤニヤしかけた2人は、ふと目の前にいるはずのない相手を見て目を丸くする。

 だって、この勉強会は紅葉と麗華れいかだけで行われていたはず。なのにいつの間にか、奈々ななが当たり前のように座っていたのだから。


「奈々ちゃん、いつからそこに?」

「やだなぁ、初めから居たじゃないですか」

「本当のことを言ってください」

「本当ですよ? 先輩たちが家に入るのにピッタリくっついて入ってきましたから」

「……全く気付かなかったわ」

「……私もです」


 まあ、特に聞かれて困ることは話していないので問題は無いものの、次からはちゃんと声をかけて入るようにと叱っておく。

 入り方はともかく、客人であることに違いはない。紅葉は追加でお茶を一杯持ってくると、彼女の前に置いてあげた。


「まあ、瑛斗のことだから旅行になれば奈々ちゃんが着いてくることは間違いないわね」

「ふふふ、最愛の妹ですから!」

「そういうことは自分で言わないものですよ。言わずもがなではありますが」

「まあまあ、それはさておき、先輩たちは冬休みのうちにお兄ちゃんとどうこうしようなんて考えてるんですか?」

「そ、それは……少しくらいはねぇ?」

「クリスマスにお正月、羽目を外すにはもってこいの季節ですし」

「妹としてそんな危険な2人と旅行に行かせるわけにはいかないですね。よって、私がお兄ちゃんと二人で行ってきま……じょ、冗談じゃないですか!」


 瑛斗を独り占めしようとする者は、例え妹であっても許さない。そんな気迫がバチバチ伝わってくる視線に、さすがの奈々も慌てて首を横に振る。

 しかし、彼女も彼女で色々と譲っている部分があるわけで、今日ここにやってきたのはそれを伝えるためでもあるのだ。


「お兄ちゃんって私が引きこもりだった頃から面倒見てくれてたんですよ。お兄ちゃんに友達が居なくて時間が余ってたってのもあると思いますけど」

「そう言えば、そんな時期があったって聞いたことあるわね」

「元々はブラコンじゃなかったのでしたっけ」

「うん。お兄ちゃんが先輩たちに会ってから楽しそうにしてることは嬉しいけど、私に構ってくれる時間は減ったっていうか……」

「それはごめんなさい」

「寂しい想いをしてたんですね」

「だから、冬休みくらい2人でゆっくりできる時間があってもいいな……なんて。わがままだって分かってますけど、私だってお兄ちゃんが好きなんです」


 奈々の真っ直ぐな言葉には、紅葉と麗華も首を横には振れない。そんなことをしてしまえば、人間として大切な何かを失いそうだったから。

 確かに奈々は兄を恋愛対象として見てしまってるはいるけれど、お兄ちゃんと一緒にいたいという妹心も、好きな人と過ごしたいという恋心も、本来は同じ場所から生まれているのだ。

 その両方を取上げてしまうのは、あまりに残酷なのではないだろうか。


「わかったわ、奈々ちゃんの予定を教えてもらえる? その日に瑛斗と過ごせるように私たちも調節してあげる」

「ほ、本当ですか?!」

「ただし、丸々開けるのは多くても2日だけですよ。それ以上増やすには瑛斗さんと過ごしたい人が多すぎますから」

「十分です! えへへ、ありがとうございます♪」


 心底嬉しそうな顔を見せる彼女に、2人は「やっぱり笑うと可愛いわね」「義理の妹としてはこれ以上ないんですけど」なんて会話をしつつ、デバイスのカレンダーアプリを開いた。


「今のところ空いてる日は分かるかしら」

「ここなら絶対って日を教えてください」

「ふふふ、もちろんありますよ〜♪」


 ニヤニヤしながら同じくカレンダーアプリを開いた奈々が、「24と25です!」と言って2人から即却下されたことは言うまでもない。


「それは一番大事な日でしょうが」

「そんなところ、妹の分際で図々しいです」

「ちっ、ケチケチ先輩……」

「どうやら後輩の指導が足りてないみたいね」

「私たちで生活指導をしてあげましょうか」

「あ、ちょっ、2人がかりなんてズル――――――」


 その後、全身をこちょこちょされ続けた奈々は、体をぴくぴくさせながら「他の日でいいでふ……」と言い残して動かなくなってしまうのであった。

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