第452話

「最後まで女の子でいてよ、瑛斗えいとくん」


 はっきりと名前を呼ばれ、僕は既に彼女が全て見透かしてしまっていることに気が付いた。

 上手く隠せていると思っていただけに、本当のことを知った時の芽衣めいさんがどれだけ辛かったかを想像すると胸が痛む。


「実は、瑛子ちゃんについてデバイスで検索したんだよね。そしたら、そんな子は存在しなかった」

「それは……」

「怒ってるんじゃないよ。私が勘違いしてただけだから、悪いのは瑛斗くんじゃない」

「それでも謝らせて欲しい。もう遅いかもしれないけど、傷つけたくなくて嘘をついちゃったんだ」

「分かってる。瑛斗くんの優しさだったって分かってても、やっぱり男の子はすごく怖いの」


 そう口にした彼女の手は小刻みに震えていて、勉強会中はそれを必死に抑えていたのかと思うと、それだけで心臓が抉られるような気分だった。

 けれど、彼女はそんな僕に「だから、女の子のまま終わらせて欲しい」と呟く。

 それは、男の子だと気付いたことも全て忘れるから、記憶の中でずっと女の子の友達として残って欲しい。

 要するに、もう『瑛子』として現れなくていいよという意味だった。


「……わかったよ」

「ありがとう、私のために嘘をついてくれて」

「ううん、自分のためでもあったから」

「……これからも友達でいてね、瑛子ちゃん」

「もちろんだよ、芽衣さん」


 差し出された手を握り返すと、やっぱり震えが伝わってくる。それでも彼女の目の前にいるのは瑛子でなくてはいけないから、気付かないふりをして微笑んだ。

 彼女とはその場で別れ、僕は離れていく彼女の背中が見えなくなるまで見つめ続ける。

 見送りが終わっても胸の痛みが尾を引いていたけれど、ずっとここで余韻に浸っているわけにもいかない。

 そう思った僕が荷物を取りに教室へ戻ると、いつの間にか2人の女子生徒がイスに座っていた。


「用事の内容を言わないからおかしいとは思ってたけど……やっぱり隠し事してたのね」

「こういうことなら相談してください。私たちは友達なんですから」


 紅葉くれは麗華れいかだ。彼女はずっと僕たちの勉強会を観察していたようで、必死に隠していた女装の件も既にバレてしまっている。

 ただ、芽衣さんのための女装だったと分かってくれているからなのか、「別に引いたりしないわよ」「当たり前です」と言ってくれた。


「芽衣さんも言っていたじゃないですか。自分のために嘘をついてくれてありがとう、と」

「そうよ。瑛斗はいいことをしたの、少し失敗しちゃっただけ。だから胸を張っていいのよ」

「……ありがとう、2人とも」


 不安だった、自分が間違えたせいで傷つけることになったんじゃないかって。

 それでももう瑛子として会えないから謝ることも出来なくて、心の中のわだかまりをずっと抱えていくことになるんじゃないかって。

 だけど、2人がここにいてくれてよかった。おかげで自分のことを嫌いにならずに済んだから。


「ところで、その制服は誰に借りたのですか?」

「私も気になってたのよ。瑛斗に制服を貸す女子生徒って、かなり限られるわよね」


 彼女たちはとりあえず一段落したと判断したのか、ずっと聞きたかったのであろうことを僕に聞いてきた。

 確かに男子ならまだしも、女子生徒から制服を借りたとなれば、相手が誰なのか気になるだろう。まあ、誰の持ち物でもないんだけどね。


「手芸部から借りたんだよ」

「手芸部、ですか?」

「ほら、萌乃花ものかも所属してるところ」

「あ、あの子から借りたってこと?!」

「いや、そうじゃなくて……」


 慌てて言い直そうとしたけれど、時すでに遅し。チャッカマン程度の火種は一気に燃え広がり、数秒後には2人とも何やら悪い顔をしていた。


「あの子、いつか邪魔になると思ってたのよ」

「同感ですね。ここは協力して消しときますか?」

「その作戦で行くわ。二度と瑛斗とイチャつけないようにしてやるから」

「随分と生易しいですね。あの爆乳ピンク頭にはキツいお仕置きが必要だというのに」

「ふふふ……」

「ふふふ……」


 その後、急いで萌乃花に警告してあげようとした僕が、デバイスを取り上げられてしまったことは言うまでもない。


「萌乃花、逃げて……」

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