第450話

 あれから部室に戻ると、あらかじめ話を聞いていたらしい萌乃花ものかがバスタオルを用意して待っていてくれた。

 彼女は僕をビニールを敷いたイスに座らせると、びしょ濡れになった体や髪を丁寧に拭いてくれる。

 何度か自分で出来ると言ったものの、「手芸部のために体を張ってくれたんですから」と強引に続けてくれた。


「ところで、いつまで下着を……?」

「……あ。ごめん、水かけられ過ぎて忘れてた」

「ふふ、瑛斗えいとさんもうっかりさんなところがあるんですね」

「いつもボーッとしてる方だと思うけど」

「そうだとしても、皆さんの肝心なところはちゃんと見てくれてますよ」


 そう言いながら微笑む萌乃花に、僕は自分ではよく分からないけれど悪い気はしないなと心の中で頷く。

 それから急いでゆん先輩から渡された下着を外すと、そっと机の上に置いておいた。


「じゃあ、ボタンを外したついでなので、制服の中も拭きましょうか?」

「それは本当に自分で出来るからいいよ」

「そう言わずに任せちゃってください♪」

「まあ、そこまで言ってくれるなら」

「えへへ、すぐに終わりますからね」


 萌乃花はバスタオルを手放した代わりにハンドタオルを取り出し、それで僕の首や鎖骨回り、胸元にお腹と順番に拭いていってくれる。

 人の髪を拭くという経験はあっても、なかなか人に体を拭かれるということは無かったから、慣れない感覚に少しくすぐったさを覚えた。


「瑛斗さん、肌すべすべです。これは紅葉くれはちゃんが触りたくなると言っていたのも納得です」

「紅葉、そんなこと言ってたの?」

「沖縄でプールから上がった後の更衣室で言ってましたよ。本当は頬ずりしたいくらいだけど、遠慮しちゃうだとかなんとか」

「思ったより大胆なこと考えてるんだね。別に言ってくれたらそのための時間を取るのに」

「紅葉ちゃん、積極的に見えて意外と奥手なんですよ。私は直感的に感じたことをやっちゃうタイプですけど」

「自分のことをよくわかってるね」

「えへへ、難しく考えるのは苦手なんです」


 そんな会話をしているうちに前は完全に拭き終わったようで、さすがにこれで終わりかと立ち上がろうとした僕の腹に、足元に正座したまま前のめりになった萌乃花の額がぶつかる。

 慌てて謝ろうとするも、先に「すみません、もう少しで終わりますから」と口にした彼女が背中側まで手を伸ばしてきたことで、喉まで出かかっていた言葉が引っ込んでしまった。


「えっと、何してるの?」

「背中も拭かないとですからね」

「後ろに回った方が楽じゃない?」

「その、足が痺れてしまって……」

「それなら無理しなくていいよ」

「いえいえ。少し遠いですけど、すぐに終わらせちゃいますから!」


 萌乃花は優しく微笑みながらそう言ってくれるけれど、彼女の身長は紅葉よりは高いものの麗華れいかよりは小さいくらいだ。

 それに比例してもちろん腕の長さも変わってくるもので、その上正座の体勢のままということは、それだけ体が密着しやすくなる。

 おまけに萌乃花の胸元は一般的な目から見ても主張的だから、本人が意識していないところでむにむにと当たってきていた。


「あの、萌乃花さん?」

「どうして敬語なんですか?」

「あ、いや、萌乃花。僕も男だし、あまりそうやってくっつくのは危ないんじゃないかな」

「大丈夫ですよ。知らないおじさんに抱きつかれた時に比べれば、瑛斗さんなら安心ですし」

「そういう話じゃ……って、何それ。そんな恐ろしい体験談は初耳なんだけど」

「自慢するようなことでもないですから」

「いやいや、通報しようよ」

「きっと不幸体質に巻き込んでしまっただけなんです。私のせいであの人が捕まるのは嬉しくないので」

「純粋というか、能天気というか……萌乃花は誰かが守ってあげないとダメそうだね」


 さすがにそんな話を聞いた後に胸云々の注意が出来るはずもなく、僕が何とかひょっこりはんしそうな男の面を押さえ込んだことは言うまでもない。

 とにかく、今後は定期的に変なことに巻き込まれていないか確認するようにしようかな。

 そうじゃないと、いつか知らないおじさんに噛み付かれたなんてことになるかもしれないからさ。


「はい、終わりました! 次はスカートも脱ぎますか?」

「それ以上は本当に勘弁して」

「そ、そうです?」

「萌乃花は男の怖さを知るべきだよ」

「えへへ、瑛斗さんは怖くないですよぉ♪」

「……これはかなり時間がかかりそうだね」

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