第449話
「それで、次のテストというのは何なんですか?」
僕がそう聞くと、
その筒状の細長い物体は蛇のようにとぐろを巻いて、反対側の先端は蛇口に通じていた。
「……どうしてホースをこっちに向けるんですか」
「テストだからじゃ」
「―――――――あ、そういうことか」
ゆんさんの一言で全てを理解した僕はすぐさま逃げ出そうとするも、すごい速さで背後に回り込んでいた馬越先輩に取り押さえられてしまう。
両腕を動かせないようにされた上に、ひょいと地面から数センチほど浮かされてしまえばもう抵抗はできない。
吊り下げられたてるてる坊主はこんな気分だったのかななんて思いつつ、僕はゆん先輩が蛇口に手を添えたのを見て覚悟を決めた。
プシャァァァァァ!
ホースから飛び出してきた梨汁……ではなく水を全身から浴びて、数秒後には頭から足の先までびしょ濡れになってしまう。
もちろんイジメの類ではなく、『制服の透け具合』のテストなのだ。雨の日に胸がお寂しい女子生徒や女装男子の肌が透けていたら問題だからね。
「着心地を落とさずになるべく軽い素材を使いながら透けさせない。これはなかなか難しいことなんじゃ」
「そうなんですね。それで、透けてます?」
「分かりづらい。判断しやすいように色つきのブラを着けて再度実験するのじゃ」
「嫌ですよ、第一持ってませんし」
「
「いやいやいや」
「なんじゃ、このサイズでは不満か? 仕方ない、
「そういう意味じゃないです」
部室に戻ろうとするゆんさんを引き止めた僕は、早口でどうしてブラを着けたくないかを説明した。
かなり恥ずかしかったけれど、自分の未来のためだから仕方がない。女子生徒の制服を着るだけならまだしも、下着まで着けたら完全体女装男子になってしまうのだから。
「それに馬越先輩も嫌ですよね? 幼馴染の下着をどこぞの馬の骨とも知らない男が着けるのは」
「いや、俺はむしろありだと思うけど」
「……頭おかしいんですか?」
「あはは、なかなかストレートに言うね」
ケラケラと笑う先輩が言うには、ゆんさんが着けている下着を見るのは怒られる。
ただ、僕がそれを着けていれば一時的に僕の下着になるので、いくら見ても怒られないということらしい。要するにゆんさんの下着が見たいだけなのだ。
「先輩って女慣れしてるんじゃなくて、単にスケベなだけだったんですね」
「あはは、よく言われる」
「どうせならゆんさんに頼んでみせてもらえばいいのに。そのメンタルなら出来ますから」
「そんな恐ろしいこと言わないでよ。昔のゆんなら大丈夫だったかもしれないけど」
「今のゆんさんに言ったらどうなるんです?」
「ミシンで右手の指を全部縫われる」
「……メンタルだけじゃ乗り切れませんね」
そんな会話をしている間にも、ゆん先輩が恐ろしい顔になり始めているので、僕は慌てて話を中断した。
それからいつの間に外したのか分からない下着を差し出され、葛藤しながらもそれを指先で摘むようにして受け取る。
「あの、今思ったんですけど、この制服のテストってゆん先輩でも出来ますよね?」
「それはつまり、拙の胸が小さいと」
「大変失礼ながら」
「……君は失敗して透けるかもしれないようなテストを、女の子である拙に受けさせるのじゃな?」
一度目の『な?』では飽き足らず、繰り返し発された2度目の『な?』で僕は彼女の瞳の奥にある怒りの炎を見た。
その直後には「すみませんでした」と頭を下げる。自分が男であると意識することは多くない僕も、さすがにスケベ先輩の前で女の子の制服を透けさせる勇気は無い。
おまけに「そもそも、その制服は君似合わせて作ったんじゃ。今更代役は務まらん」と言われてしまえば、確かにそうだと逃げ道を完全に塞がれた。
「で、やってくれるのかの?」
「……あ、よく見たら全く透けてないですね。これはきっと大丈夫に違いない」
「仕方ない、萌乃花に水をかけることに―――――」
「……いえ、僕がやらせていただきます」
「そうかの? じゃあ、頼まれてもらうのじゃ」
この後の光景はご想像におまかせするとしよう。
とりあえず、制服は若干透けて改良が必要だと分かったし、馬越先輩はやたら胸元を見つめてくるしで散々な一日だと思ったことは言うまでもない。
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