第448話
「お待たせしました、先輩」
「随分と遅かったけど、何かトラブルでも起こった?」
「まあ、そんなところです。解決したのでもう大丈夫ですけど」
「それなら良かったよ」
そんな小さな動きでも『女慣れしてるな』と感じてしまうのだから、先輩は余程の強者なんだろうね。いや、僕は男だけど。
「先輩って彼女居ないんですか?」
「それは告白かな?」
「違います」
「はは、分かってるよ。ちなみに、
「僕はいるように見えますけど」
「残念、俺は生まれてからずっとフリーだよ」
「それは意外ですね」
背が高くて顔をかっこよくて、おまけに女性を喜ばせるのが得意そうな感じもする。
唯一欠点があるとすれば、僕にまでしつこく匂わせをしてくるところだけだろうし、現実的には問題はあるけれど彼女の二人や三人居そうなほどだというのに。
「質問されたお返しに俺からも質問させてもらうけど、瑛斗くんの目には俺が手芸好きに見えてる?」
「いえ、スポーツの方が向いてそうです」
「その通り。なら、どうしてわざわざ手芸部にいるんだろうね」
「……つまり、ゆん先輩のことを?」
「半分正解。でも、半分はハズレかな」
その言葉に首を傾げる僕に馬越先輩が言うには、好きな人はゆん先輩で間違いないものの、彼は過去の彼女が好きらしい。
中学生の頃は大人しくて、落ち着いていて、すごく優しい女の子だったんだとか。
馬越先輩はその頃のゆん先輩に戻って欲しくて、わざわざ同じ部活に入ってまで近くに居続けている……とのこと。
「でも、昔に戻すなんて出来るんですかね」
「ゆんは大人になりたかっただけなんだ。背が小さくて子供扱いされてたから、高校生になって大人っぽく振舞おうとした」
「その結果が今の……?」
「あはは、完全に時代を間違えてるよね」
軽く笑う先輩の目はどこか懐かしんでいるようで、同時に寂しさも感じられた。
好きだった人が目の前にいるというのに、好きになった頃と別人のようになっているのだ。それはこんな顔もしたくなるだろう。
けれど、やっぱり戻すという言い方は違う気がする。だって、どれだけ間違えていようと、どれだけおかしかろうと、本人が望んでそうなったのだから。
「好きなら、僕は受け入れるべきだと思います」
「……そうだね。俺だって今のゆんを否定する自分が大嫌いだよ」
「それなら―――――――」
「じゃあ、瑛斗くんは自分の大切な人が突然変わっても受け入れられるんだね?」
「そ、それは……」
「過去と今を比べてしまったりせず、今の相手を好きになれるって言い切れるんだ?」
どこか心の深い所へ訴えかけてくるような話し方に、僕は思わず言葉を詰まらせてしまう。
だって、『大切な人が突然変わる』ということに、自分自身も身に覚えがあったから。
そう、
今でも時々、過去の彼女と今の彼女を比べてしまい、兄として正しくないと嫌になることもある。
そのことを思い出してから、馬越先輩の言っていることが他人事では無いのだと感じられて仕方が無くなった。
「すみません、無理です。比べちゃいますし、比べる自分が嫌いです」
「……ごめんね、嫌なこと考えさせちゃって」
「それは僕も同じなので。無責任なこと言ってごめんなさい」
「ううん、気にしないで。自分でも受け入れなきゃって思ってるから、いいアドバイスになったよ」
「そう言って貰えると助かります」
優しく笑って見せる先輩に、僕も口角が少し上がる。同じ悩みを共有した者同士、お互いに分かり合えた部分があるのかもしれない。
「はは、優しさに惚れてもいいんだよ?」
「その一言で0.01%がゼロになりましたね」
「それはそれは、実に残念だ」
まあ、隙あらば口説こうとしてくるスタンスに関しては、しばらく分かり合えそうにはないけれど。
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