第447話

瑛斗えいとにそんな趣味があったなんて知らなかったなー?」


 そう口にした天翔かけるは、僕に体重をかけながら鼻先が触れそうなほど顔を近づけてくる。

 それからしばらくこちらの表情を観察した後、「なるほどね」と呟いて元の体勢に戻った。


「誰かにやらされた感じかな?」

「分かってくれるの?」

「何となくね。まあ、何にしても女装してたって話は、ノエルさんが聞いたらどう思うだろうね」

「天翔はそんな酷いやつじゃないって信じてる」

「……はは。そう言われたら言えないよ」


 天翔は「それに……」と呟きながら僕の頬に触れ、何を考えているのか腰にまで手を添えてくる。

 そして強引に立ち上がらせると、つま先から頭までを一通り見てからウンウンと頷いた。


「それだけ可愛いと、逆にノエルさんの気持ちに火をつけることになっちゃうし」

「もう、天翔まで冗談はよしてよ」

「冗談じゃないよ。瑛斗ってスタイルいいし、知り合いじゃなかったら女の子だって信じてたかも」

「そう、なのかな。自分ではよく分からないんだけど」

「ノエルさんが居なかったら一目惚れしてたかも」

「そういうのはやめて」

「あはは、ごめんごめん」


 同性愛にはある程度理解があるものの、天翔のはどう考えても冗談としか思えない。

 僕が少し怒る気持ちを込めて口にした言葉に、彼は後ろ頭をかきながら謝った。


「とにかく、瑛斗のおかげで助かったよ。囲まれてると行動しづらくてね」

「それなら変装でもしてくれば良かったのに」

「変装してもこのオーラは隠せないよ」

「まあ、確かにそうかもね」

「あっさり受け入れられると、ジョークを言ったのが恥ずかしくなるんだけど……」


 苦笑いをする天翔に僕が「ところで、どうして来たの?」と聞くと、彼は「さっきは職員室って言ったけど、本当は学園長室を探してるんだ」と答える。

 どうやら昨日の夜に叔父さんと電話で話したらしく、ちょうど今日はお互いに時間が取れるからとアポを取ってあるんだとか。


「あ、もしかしてノエルたちみたいにコンサートを開いてくれるとか?」

「いやいや。ボクたちにもそういう話はあったけど、今日は別件なんだ」

「と言うと?」

「転入しようと思ってさ、ここに」

「……ん?」


 予想していなかった言葉に、僕は思わず聞き返してしまう。天翔はもう一度「ここに転入する」と言ってくれたけれど、やっぱり理解が追いつかなかった。


「ボクは君からノエルさんを奪うと決めたんだ。そのためには、条件を同じにしないといけない」

「別に僕のノエルではないけど」

「瑛斗がそうやってのんびりしてる間に、ボクが彼女を射止めるんだ。一緒に居られる時間を作れば、ボクの良さも知ってもらえるだろうし」


 自信満々にそう言う彼に「まあ、好きにすればいいと思うけど」と口にしてから、僕はノエルのランクについて思い出して首を横に振る。

 彼女は世間体的にはS級であるものの、本当はイヴと入れ替わっているためE級なのだ。

 それはアイドルであるという恋愛面において大きなアドバンテージを背負っているから。

 つまり、天翔も同じくランクが低くなるはず。そうなるとノエルのランクが高いことをおかしいと思う人が沢山現れかねないわけで―――――――。


「ただ、ひとつ言っておくけど、この学園ではランクが全てだからね」

「その話はもう聞いたよ。でも、モテモテの僕ならS級で間違いないから大丈夫」

「いや、もしかしたらあまり高くないかも……」

「それはボクに魅力がないってこと?」

「そういう意味じゃないよ。だけど、ランク測定器は内面も見透かすんだ。天翔は改心したばかりだから、もしかすると悪いように判断されるかも」

「そ、そうなのかい?! それなら確かに低くなるかもしれないね……」

「うんうん。だから、低くても落ち込まないで」

「瑛斗は本当に良い奴だね。一応、覚悟はしておくよ」

「その方がいい」


 その後、学園長室まで案内してあげた天翔は、測定器によってS級と判断されたらしい。

 その理由が気になって聞いてみたところ、天翔のグループはアイドルとしては異質の『恋愛OKを公言しているグループ』とのこと。

 現在、メンバー5人のうち3人に彼女が居て、ファンたちもそれを理解して応援してくれているんだってね。

 もちろん彼女が出来れば少しは離れる人もいるんだろうけど、結成当初から恋愛OKを掲げてきたおかげで、そこまで影響はないらしい。

 何はともあれ、おかげでノエルのことがバレずに済む。安心して天翔の転入を喜べるよ。


「よかったです、安心しました」

「叔父さんとしては、甥っ子がそんな格好をしていることに動揺してるけどね」

「……大人としてスルーしてください」

「あはは、そうさせてもらおうかな」


 僕は「お願いします」と会釈してから学園長室を後にし、かなり待たせっぱなしになった馬越うまごし先輩のもとへダッシュするのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る