第445話
カナには「また今度会った時に埋め合わせするから」と伝え、最速で着替えて更衣室を飛び出す。
外で時間を測っていた
「大丈夫? 汗かいてるけど」
「平気です。早く次のテストに向かいましょう」
「やる気を出してくれたようで嬉しいけど、次のテストもこの更衣室なんだ」
「……え?」
先輩が言うには、制服を脱ぐテストがあれば着るテストも必要になるとのこと。つまり、もう一度更衣室に入って着替え直してくることになるわけで。
「あの、後回しにしません?」
「無駄な移動時間が発生するから、ゆんに遅いって怒られちゃうよ」
「お願いですから」
「そう言われても、制服持ってきてないよね?」
「……更衣室の中です」
「制服がないとテストも出来ないからさ」
「…………わかりました、諦めます」
確かにどの道制服を取りに行かなければ進められないというのなら、更衣室でのテストを全て終わらせるというのが合理的な流れだ。
僕は足掻きようが無いと諦めると、先輩の指示通りもう一度着替え直すべく更衣室へと戻る。
もちろん中にはまだカナがいるのだが、彼はあろうことか僕が着ていた制服の匂いをすんすんと嗅いでいた。
「何やってるの」
「目の前に好きな人の制服があるのに、嗅がない理由がないですよ!」
「開き直られると困っちゃうね」
とりあえず制服は取り返してさっさと着替え直そうとするが、平然を装う作戦では記憶を誤魔化すことは出来なかったらしい。
カナは「また今度会ったら埋め合わせ、してくれるって約束ですよね?」と呟くと、モノ欲しげな目でこちらを見つめながら唇に人差し指を当てた。
彼風に言うところの『物理的に口封じをしろ』というアピールらしい。
いくら恋心が分からない僕でも、キスというものを安売りするわけにはいかないので、出来る限り抵抗はしようと必死に頭を回転させた。そして。
「埋め合わせとは言ったけど、キスするとは言ってないよ。うん、だから拒否する」
「先輩にそんな権限があるとでも?」
「……ないです」
いつの間に撮っていたのか、制服のボタンを開けている最中の僕が写った写真を突きつけられ、あっさりと折れてしまう。
ここまでされても『カナは女装男子だと言いふらしてもいいのか!』なんて卑劣な手を使わないのだから、我ながら優しい人間なのかもしれないね。
まあ、そんな優しさではこの局面を乗り切ることは出来ないのだけれど。
「そうだ、駅前のパフェ奢ってあげるよ」
「わーい、ありがとうございます! でも、それと命令とは別件ですからね」
「それなら奢るのは無しに―――――――」
「先輩にそんな権限があるとでも?」
「……微塵もないです」
どれだけ抵抗しようとしても、ばら撒かれては困る写真をチラつかせられては言葉を引っ込めてしまう。
こうなったら本当に物理的に口封じするしかないのではないだろうか。幸いにもカナは男の子だ。ある意味ノーカンということにも……。
そこまで考えて、心の中で首を横に振る。そんなことをすれば、カナの気持ちを弄ぶことになってしまう。
彼は確かに男の子だけれど、僕を好きだと言ってくれる気持ちに性別は関係ないのだ。
そんな当たり前のことを忘れかけていた自分に自分で喝を入れつつ、迫ってくるカナの肩に手を置いた。
「ごめん、本当にそういうことはダメなんだ」
「どうしても、ですか?」
「カナだから断ってるんじゃないよ。僕にはこういうのを許す資格がないから」
「……わかりました。先輩がボクのためを思ってくれてるって伝わりましたし、仕方ないからキスは勘弁してあげます」
「ありがとう、助かるよ」
「その代わり一緒に多目的トイレに―――――――」
「誰か助けてー」
「じょ、冗談ですから!」
その後、キスと多目的トイレは取り消してくれたカナが、後日別の命令を伝えると言ってくれたことは言うまでもない。
せめてものお礼として別れ際に頭を撫でてあげると、驚きながらも見せてくれたはにかんだ表情は、しばらく忘れないだろうね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます