第443話

 芽衣めいと別れた後、僕は『女装せずに勉強を乗り越える作戦』の答えが分からないまま、ゆん先輩たちのところへと戻った。

 2人は僕が連れていかれたことを心配してくれていたようで、怪我がなかったことを知ってほっとため息をこぼす。

 ちなみに、萌乃花ものかがここにいないのは、彼女が関わるとどんな仕事も2倍の時間がかかるため、モナカアイスを餌に部室で留守番をしているからだ。


「じゃあ、早速だけど制服の感想を聞かせてもらえるかな?」


 馬越うまごし先輩の言葉に頷いた僕は、正直に思ったことを伝える。

 スカートの方は慣れないからあまり分からなかったこと。普通に歩いたり走ったりする分には問題なかったこと。そして、手を上げようとした時に肩の辺りが少し窮屈だったこと。

 それらをしっかりメモしたゆん先輩は、既に描かれていた制服の完成図の横へ、新たに簡易的な絵を描き始めた。

 聞こえるか聞こえないかくらいの声で「女装する男子と考えると、肩幅を考え直す必要が……」なんて呟いているあたり、集中モードに入ったらしい。


「こうなったゆんはしばらく声をかけても反応しないんだ。先に他のテストをしておこう」

「分かりました。次はどんな内容ですか?」

「じゃあ、とりあえず着いてきてもらえるかな」

「はい」


 馬越先輩に連れられて向かったのは、校舎内にある大階段の前。下から20段ほど上ったところにある踊り場に立って欲しいとのこと。

 僕が準備完了の合図をすると、階段の下に立った先輩は顎に手を当てながらこちらを見上げる。


「実はね、うちの学校のスカートは階段の下から見上げても、下着が見えない長さに作るって規則があるんだ」

「その話は聞いたことありましたけど、本当にそう作られてたんですね」

「まあ、校則なんてあって無いようなものだから、大半の生徒がある程度短くして履いてるみたいけど」

「へえ……って、要するに僕のパンツが見えるかどうかテストしてるってことですよね?」

「その通り。こればかりは男の君に頼むのがベストなんだ。ゆんで試そうって言うと怒るからさ」

「まあ、確かにそうかもしれないですけど。スカート履いてると、下から見られることへの抵抗感が湧いてきますね」


 スラックスならいくら下から覗かれようと構わないし、逆に覗こうとする人も居ないだろう。

 ただ、真下への防御力がゼロに等しいスカートというものは、何と言うかとてつもなく不安だ。

 同性に下着を見られることに抵抗なんて覚えたことがなかったけれど、今ばかりは無意識にスカートの裾を引っ張ってしまう。

 そんな僕の反応を見ていた馬越先輩は、「大丈夫大丈夫」と言いながらゆっくりと体勢を低くしていった。そして。


「こうやって這いつくばってギリギリ見えるくらいだから。安心していいよ」

「いや、そこまでして見ないでもらえます?」

「女装男子の下着なんてレアだからね」

「……先輩って変態なんですか?」

「自分では普通だと思ってるよ」

「僕にはそう見えませんけど」

「正直に言うと、恥じらう姿に少し興奮してる」

「あの、もう帰っていいですか」

「冗談だよ。あくまで俺の恋愛対象は女の子だから」

「目が怖かったですけど。身の危険を感じる発言はやめてくださいね」


 先輩は「わかったよ」と微笑んでくれるけれど、身長が自分よりも高い上に学年もひとつ上。元々力に自信の無い僕には、どう考えても抵抗出来ない。

 女装をさせられているだけの男子な僕に変な気持ちを抱くとは思えないものの、世の中には色んな性癖の人がいるからね。

 万が一ということも考えて、念入りに釘を刺しておいたから、少しは安心できるかな。


「スカーの丈はもう少し短くてもいいかもね」

「僕も身長は低くは無いので、人によってはもっと短くて丁度いいかもしれません」

「おっけ、そうゆんに伝えとくよ。じゃあ、次のテストに向かってもいいかな」

「いいですよ」

「じゃあ、また着いてきて」


 そう言って手招きする彼の後ろを歩いていくと、ゆっくり目に3分ほど歩いて目的地に到着した。

 しかし、そこにある扉の上にかけられたプレートの文字を見て、これから何をさせられるのかを察してしまう。


「……更衣室?」

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