第442話
僕の手を引いてくれた女の子は、グラウンドの外まで連れて行ってくれる。そしてそのまま校舎の中へ入ると、保健室の扉の前で足を止めた。
「どうして保健室?」
「転んじゃってたから。念の為にってね」
「ありがとう。でも、尻もちだけで怪我はしてないから大丈夫だよ」
「そう? 私の早とちりだったかぁ♪」
女の子は「よかったよかった!」と頷くと、「じゃあ、一人で帰れそう?」と首を傾げる。
どうして初対面の僕にこんな優しくしてくれるのかは分からないけれど、助けてくれたお礼の意味も込めて「おかげさまで」と大きく首を縦に振っておいた。
それを見た彼女は満足そうに笑って立ち去ろうとしたものの、ふと何か思い出したように振り返ってこっちを見る。
「これも何かの縁だと思って自己紹介しとくね! 私、2年C組の
C組ということなら、確かに向こうが僕の顔を知らなくて自分も彼女のことを知らなかったことにも納得出来る。
B組にはノエルとイヴ、D組には
僕は心の中で頷きつつ、自分も自己紹介しようとしてふと思い留まった。
だって、男の名前で名乗ってしまえば、女の子だと勘違いしてくれている彼女に自ら暴露することになるのだから。
「えっと、2年D組の……」
「D? あれ、それならよく行くから見たことあるはずなんだけどなぁ」
「あ、違う違う。Bって言ったんだ」
「なるほど! それならあまり関わりがないから、初めましてなのも分かるよ」
今身につけているリボンの色で2年生なことはバレているので、とりあえずクラスだけを誤魔化し、名前は『
とりあえず今を乗り切れば、次に彼女と会うのは男の姿の時になる。そうすればきっと見知らずの人間だと気に留めないでくれるだろうから。
「そうだ! ご縁ついでに瑛子ちゃんにお願いしてもいいかな?」
「お願いって?」
「そろそろテストでしょ。私、こう見えて勉強がダメダメでさ」
「どう見えてると思ってるのかは分からないけど」
「あはは……だから、今度勉強教えて欲しいなって」
「どうして僕に?」
「瑛子ちゃん、頭良さそうだから!」
褒め言葉として受け取っていいのかは分からないけれど、目の前の笑顔を見れば悪意がないことは確かだ。
僕だってそのキラキラした表情を崩したくはない。それでも、今日限りの『瑛子ちゃん』が後日勉強を教えるなんてことが出来るはずもない。
「ごめん、それは無理かな」
「あ、迷惑だった……?」
「そういう意味じゃないよ。僕、そんなに頭良くないから教えれるほどじゃないんだ」
「それなら2人で課題終わらせるだけでも!」
「どうしてそんなに一緒にこだわるの?」
「だって瑛子ちゃん可愛いから」
「理由になってない。というか、可愛くないよ」
首を横に振る僕に対し、「いや、可愛い!」とゴリ押ししてくる芽衣。
褒められて嬉しくない訳では無いけれど、やっぱり『可愛いから一緒に勉強したい』というどこぞのおじさんみたいな理由には首を傾げざるを得なかった。
ただ、彼女も引き下がるつもりは無いようで、「今のうちに言っておきたいんだけど……」と突然しんみりとした口調で話し始める。
「私、男性恐怖症らしいんだよね。男の子と話す時、怖くて全く笑えなくなるの」
「……そうなんだ」
「だから、その分女の子と仲良くなれるチャンスは逃さないって決めたんだ!」
「友達が多いのはいい事だもんね」
「うん! そういうわけで私と友達になろう!」
男の子と仲良くなれない分、女の子との縁を大切にする。そんなことを聞かされた直後に、彼女からの友達申し込みを断ることなんて出来なかった。
ただ、それと同時に僕が男であるということを打ち明けることが不可能になったわけで―――――。
「わかった、友達になろう」
「いいの? やったぁぁ!」
心の底から嬉しそうに笑う彼女を前に、僕は卑怯にもどうすれば女装せずに勉強会ができるだろうかと考え始めていた。
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