第441話
『……あの、そろそろ脱いでもいいですか?』
手芸部の部室でそう聞いてから十数分後、僕は優男先輩もとい
その理由は先程先輩たちが話していた『工程が残っている』に関係していて、これからそれを解決するらしい。
「えっと、僕は何をすればいいんですか?」
「これから君には運動をしてもらうよ。激しい運動じゃなくていい、制服の耐久度を確かめたいんだ」
「なるほど。確かに大事なことですね」
いくらいいものを作っても、すぐに破けたりするようでは制服として採用出来ない。
縫い目が今のままでいいのか、何か付け足すべき要素はないかということを考えるのも、考案を任された手芸部としての仕事なんだろうね。
まあ、僕じゃなきゃいけない理由も無さそうだから、出来れば部活をしてる人もいるようなこの場所で、女装姿を晒すのは勘弁して欲しかったけれど。
「それじゃあ、手始めに走ってもらえるかな」
「グラウンド一周ですか?」
「それくらいでいいと思う」
「分かりましたけど、僕だってバレたりしませんよね。こんな格好を知り合いに見られたら、明日から学校に来れないんですけど……」
「大丈夫だよ、可愛いから」
「……先輩、もしかして口説き慣れてません?」
「そんなことないよ」
女装していて格好的にも精神的にもふわふわする部分があるからなのか、イケメンに『可愛い』なんて言われたら心がモヤっとしてしまう。
もちろん僕が本当に可愛く見えているはずはないし、協力させるためのお世辞であることは間違いないんだけど。
ただ、普段から何気なく
深い意味なんて無いはずの言葉なのに、無駄に意味を探しちゃうんだから。まあ、本人に嫌かどうかって確認してみようかな。
「もしバレそうになったら、助け舟出してください」
「彼氏役でもすればいいかな」
「……やっぱり
「安心してよ。こんなこと言うのは君にだけだから」
「絶対扱い慣れてますよ」
「あはは、そんなこと言うからゆんが睨んでくる」
そう言われて馬越先輩の背後を見てみると、ゆん先輩が記録用紙を握り締めながらこちらへ不満そうな視線を飛ばしてきていた。
それは早く耐久度テストを始めないからなのか、それとも今の格好で馬越先輩と話しているからなのか。
部室で言い合っていた雰囲気からすると前者な気もするけれど、もしかするとってこともあるから気を付けないとね。
馬越先輩に迷惑をかけることになったら、それを理由にまた何かしら手伝わされることになりかねないし。
「じゃあ、走ってきます」
「うん、頑張ってね」
「ありがとうございます」
彼に頭を下げ、僕はグラウンドの外周を6割程度の気持ちで走り始める。
制服でグラウンドを走る女子生徒が珍しいのか、部活中の生徒からの視線がチラチラと飛んでくるけど、そんなことは気にしないように意識しながら半周を過ぎた頃。
「危ない!」という言葉を聞いて振り返ってみると、高く上がったサッカーボールがこちらへと飛んできていた。
慌てて手でガードしようとしたものの、肩の辺りに押さえられるような引っ掛かりを覚えたことで、バランスを崩してしりもちをついてしまう。
落ちてきたボールはそのままの勢いで僕の頭にぶつかる―――――――――直前に立ち塞がった人影によって受け止められた。
「ごめんね、大丈夫?」
それは、ボールを蹴った本人では無いだろうが、女子サッカー部のユニフォームに身を包んだ女子生徒。
彼女はキャッチしたボールをグラウンドの中央へ向けて投げ返すと、転んだ僕の手を引いて立ち上がらせてくれた。
「こんなところに女の子がいたら危ないよ、向こうまで連れてってあげる」
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