第440話

 手芸部の部室に入ってから20分ほどが経過しただろうか。僕はゆん先輩に告げられた『頼み』とやらを、半ば聞かされていた。


「おお、似合っとるじゃないか」

「似合ってます似合ってます!」


 手を叩きながらそう言う先輩と萌乃花ものかの視線の先には、部室奥の試着室から出たばかりの僕の姿がある。

 ただ、つい先程までの男子用の制服姿ではなく、女子用の制服を着ていた。いや、着させられた。

 じっと見つめられながら「着るじゃろ?」「着ますよね!」と詰め寄られてしまえば、お願いを断れない性格の僕には脅迫と同義なのである。


「スカートってすごく落ち着かないですね」

せつも萌乃花も、毎日それを履いておるのじゃ」

「尊敬しちゃいます」

「えへへ、褒めても何も出ませんよ〜♪」


 嬉しそうに後ろ頭をかいた萌乃花は、「ところで……」と頬を緩ませながらこちらへ歩み寄ってくる。

 それから背中に隠していたウィッグを被せてくると、丁寧に髪型を整えてから満足げに頷いた。


「すごく似合ってます! 可愛いですよ♪」

「拙も賛同じゃ。予想以上にいいデータが取れる」


 そう言って何かを紙にメモするゆん先輩。彼女の話によると、本来の制服は僕が今着ているものより少し胸の辺りにポケットができているらしい。

 もちろんそれは女子生徒の女性的な体型に合わせて作られたものなのだが、中にはそのような形状が適さない生徒もいる。

 そして、一部女子として通う男子もいるため、そのような生徒たちのために新たにポケットが無い制服を来年から作成するらしい。

 本人で無ければ分からない程度の違いなため、着心地以外にはほぼ変更はないらしいけれど。その制作案を手芸部が任せられたんだとか。


「それにしても僕の体にピッタリですね」

「君のために作ったからの」

「一度しか会ったことないないですよね?」

「拙は人の体の採寸がひと目で出来る。顔を合わせたのが一度だけでも十分なのじゃ」

「すごい才能ですね」

「もっと褒めてもいいのじゃぞ?」

「よっ、ゆん先輩」

「んふふ♪」


 僕におだてられて得意げな顔をした彼女は、「じゃあ、この案で生徒会に提出を……」とメモしたものを手に取る。

 しかし、いつの間にか背後に忍び寄っていたもう一人の部員によって、メモはあっさりと奪い取られてしまった。


「ゆん、まだ工程が残っているよ」

「なっ?! 返すのじゃ!」

「生徒会から頼まれた内容には、制服の強度のテストもあったからね。それが終わるまでは返さない」


 そう言ってゆん先輩では届かないほど高い場所に紙を掲げてしまったのは、僕よりも身長が高いであろう男子生徒。

 先程まで気配すら感じなかったけれど、どうやら試着室とは反対側の隅にある仕切りの向こうにいたらしい。

 こうして正面から見るとすごく優男という感じで、開いているのか閉じているのか分からないほど細い目は、ずっと微笑んでいるようにも見えた。


「あと、その話し方。普通に戻すようにってずっと言ってるよね?」

「こ、これは拙の自由じゃ!」

「ゆんは普通に話せば可愛いんだから」

「別に他の者からどう思われようと構わん」

「俺は可愛い方がいいんだけどね。今みたいに意地張ってない、昔のゆんの方が可愛かったのに」

「っ……う、うるさいのじゃ! 拙は今の拙しか居ないから、何を言っても無駄じゃ!」


 喧嘩なのか会話なのか分からない言葉の投げ合いから察するに、ゆん先輩と高身長くんは幼馴染らしい。

 そして高身長くんはゆん先輩の話し方を普通に戻して欲しいと頼んでいるけれど、彼女がそれを嫌がっていると。


「お2人、いつもこんな感じなんです」

「へえ、仲良さそうだね」

「そう見えます? 私には悪そうに見えますけど」

「喧嘩するほど仲がいいって言うでしょ」

「じゃ、じゃあ、瑛斗さんと喧嘩しない私は仲良しじゃないってことですか?!」

「それは考え過ぎじゃないかな」


 会長と浜田はまだ先輩ほどでは無いにしても、こちらの2人も色々とややこしそうだね。

 まあ、僕が何かする必要も無いだろうし、機会があればまた見守るだけにしよう。


「……あの、そろそろ脱いでもいいですか?」

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