第434話

「……今日はごめんね、期待に添えなくて」


 玄関で靴を履く天翔かけるに、ノエルは申し訳なさそうにそう告げる。

 しかし、振り返った彼の表情はここへ来た時よりもスッキリしていて、憑き物が落ちたような本当の清々しさを持っていた。


「謝るのはボクの方だよ。これまでかっこいい自分を意識するあまり、自分のことしか見えてなかったって気付かされたんだから」

「あはは、ほんとその通り。プライドを持つことは大切だけど、私は他人ひとのためのアイドルだった昔の君の方が好きだったかな」

「……でも、そう言うノエルさんも変わったよ。1年前よりずっと天使のスマイルが似合ってる」

「ふふ、自分でもそう思う」

「それも全部、瑛斗のおかげってことか」

「のえるたそも黄冬樹きふゆぎノエルも、どっちも救ってくれた人だから。私にとって彼はファンとしても人間としても不動の一番だよ」


 彼女の言葉を聞いてクスリと笑った天翔は、「じゃあ、またね」と言いながら軽く手を振ってドアノブを捻る。

 ただ、まだ伝えるべきことを残していたノエルは彼を引き止め、深呼吸を二度挟んでから語りかけるようにゆっくりと話し始めた。


「天翔くんは瑛斗くんが私と釣り合わないって思ったから、こうして直接会いに来たんだよね」

「……まあね。今でも、ノエルさんの恋心さえ傾けば、ボクの方が釣り合うんじゃないかって思ってるよ」

「自分を好きでいてくれる相手にこんなこと言うのは失礼だと思うけど……そう思ってるうちは私が君を選ぶことはないかな」


 ノエルが「だって逆だから」と呟くと、天翔は「どういうこと……?」と不思議そうに首を傾げる。

 それはそうだろう。自分がずっとそうだと思い込んできたことを、突然間違いだと否定されたのだから。

 それでも恋というのは本人にしか分からないもので、当事者がそう言っているのだから正解か間違いかだなんて疑う余地もなかった。


「瑛斗くんが私に釣り合わないんじゃない。私が瑛斗くんに釣り合ってないの」

「そんなわけないよ。ノエルさんはどんな女の子よりも魅力的なのに!」

「瑛斗くんはね、恋愛感情が分からないって悩んでるんだ。つまり、頑張っても私を好きになってくれる保証なんてどこにもないってこと」

「そ、そんな……」


 彼女は表情を固まらせる天翔ににっこりと微笑むと、「だけど、それが私の原動力だから」と右腕で力こぶを作って見せる。


「私は日本一のアイドルになって、日本一手の届かない女の子になるの。そしたら恋愛感情が分からない瑛斗くんも、私を特別だと思ってくれるから」

「もし、それでも振り向かなかったら?」

「そんなの考えたことないよ。だって、まだ彼に釣り合ってすらいないんだもん」

「……やっぱり、ノエルさんは変わったね」

「大人になったのかな、私も」


 斜め上を見上げながら呟いたノエルのおどけたような顔に、天翔は胸の奥が痛むと同時に熱くなるのを感じた。

 すぐそこにいる好きな人の目に映っているのが自分ではないという悲しみと、この身の内側にあると再確認して燃え上がった恋心だ。


「ボクも大人になるよ。そして、ノエルさんにもう一度アタックする」

「もしそれでも無理だったら?」

「今はそんなこと考えない」

「……ふふ、それでよろしい♪」


 アイドルらしい顔つきになった彼の去っていく後ろ姿に、ノエルが先輩アイドルとして果たすべき責務は果たしたなと頷いた事は言うまでもない。

 その後、リビングへと戻った彼女がソファーでイチャつく2人を見つけ、飛び入り参加したこともまた言うまでもないことである。

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