第433話

「むしろ、勝ってない要素がないからっ!」


 ノエルの放った言葉に、天翔かけるはこちはを見てくる。さすがにアイドルをやるほどのイケメンに勝てるとは思っていないからね。

 あまりの言われようにこっちまで申し訳なくなってしまって、僕は思わずノエルを「それは言い過ぎだよ」と止めていた。


「そんなことないから! ちょっとイケメンだからって、天翔くんはデビューした時から天狗になってるんだよ」

「うっ……」

「確かにさっきからイケメンですってオーラ出してて鬱陶しかったけど、僕はあくまで一般人レベルだからね」

「くっ……」

「私も瑛斗えいとの方がかっこいいと思うわ。思いやりとか性格の面を考慮したら圧倒的よ」

「ちょ、ボクってそんなにダメ……?」


 3人から内面批判をされ、胸を押えながら膝をついてしまう天翔。

 彼の質問に対して「ナルシシストだもん」「謙虚になりなさいよ」と女子二人が答えたことで、瀕死だった心はあっさりと折れてしまったらしい。

 さすがにアイドルを言葉の暴力でコテンパンにするわけにも行かないので、僕は倒れた天翔を支えながらソファーまで連れて行ってあげた。


「大丈夫、2人は少し特殊なんだ。ファンに聞いたら天翔の方がかっこいいって答えるよ」

「……本当かい?」

「事実、僕の目から見てもイケメンだからね。アイドルとして色んな人の高嶺の花になれるなんてすごいことだと思う」

「え、瑛斗……君ってやつは……」


 先程までの爽やかながら見下してきていた瞳を一転させ、彼はキラキラとした視線をこちらへ向けてくる。

 だが、すぐにアイドルとしてのたたずまいを思い出したのだろう。ソファーから立ち上がって服装を整えると、「言われなくても分かってるよ」と元の調子に戻った。

 しかし、それはあくまでアイドルとして彼が築き上げたキャラのようなもので、溢れ出すオーラはどこか柔らかくなっているように感じられる。


「アイドルとしてボクが勝っていることはもちろんだけど、ノエルさんの相手としてはまだ君が有利らしい。今日、それがよく分かった」

「僕が言うのもなんだけど、ノエルに認めてもらえるようになったらきっとすごいアイドルになれると思う」

「ふっ、言ってくれるね。のんびりしてるとあっという間にボクの方がいい男になっちゃうよ」

「それは楽しみかも、応援するアイドルが増えるわけだし。なんて言うグループだっけ?」


 僕がそう聞くと、天翔はバッグから四角いケースのようなものを取り出して、その中に入っていた名刺を差し出してくれた。

 そこに書かれていたのは彼の名前に加え、『BC's』というグループ名らしい表記。聞いたところによると『Belles choses』の略らしく、フランス語で美しいものという意味なんだとか。


「それじゃあ、これ以上ノエルさんの邪魔をするのも悪いから、ボクはそろそろ帰らせてもらうよ」

「あ、今度僕たちの学校に遊びに来てよ」

「……確か、春愁しゅんしゅうだったかな?」

「きっと来てくれたらみんな喜ぶと思うよ」

「ふふ、ボクの人気ぶりを瑛斗に示すためにも、気が向いたら行ってみようかな」

「楽しみにしてるね」

「ああ、忘れない内には行くことになるだろうね」


 彼は意味深にそう告げると、イケメンスマイルを見せてから静かに部屋を出ていく。

 紅葉が見送りにでも行こうと着いていくが、僕はそっと引き止めて視線で合図をした。

 それだけで彼女は察してくれたらしい。ノエルが何かを言いたげな表情で追いかけて行ったことを。


「この先を僕たちが知る必要ないよ」

「そうみたいね。座って待ってましょうか」


 そう言ってソファーに腰を下ろした彼女は、その隣に座った僕から1人分間を開けるように移動する。

 何か不満に思われるようなことでもしてしまったのかと聞いてみるが、どうやらそうではないらしかった。


「今日くらいはノエルちゃんに隣を譲ってあげるわ」

「へえ、優しいね」

「そ、そういう気分なのよ。その代わり、明日からは容赦なく隣に座るから!」


 照れているのか、こっちを見ようとしない紅葉。

 そんな彼女に「反対の隣は空いてるけど」と教えてあげた直後、僕が理不尽に無視されたことは言うまでもない。

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