第432話
「お邪魔します」
「久しぶりに来たわね、ゆっくりさせてもらうわよ」
「どうぞどうぞ〜♪」
僕たちがリビングに入っていくと、ちょうどお茶を飲んでいた
彼はこちらをじっと見つめると、突然笑顔になって軽く手を振ってくる。ファンサービスと言うやつだろうか。
「ハロー、ノエルさんの友達かな?」
「そうよ、遊びに来たの。お客さんがいるとは驚きだわ」
「ボクも驚いたよ。今日、君みたいに可愛らしい人と会えるなんてね」
「か、かわっ……?! だ、騙されないわよ! アイドルだからって褒めれば喜ぶと思ったら大間違いなんだから!」
「へえ、やっぱりボクが誰なのか知ってたんだ?」
「っ……」
しまったという顔をする
ノエルが僕をどう思っているかについては伏せつつ、せっかくノエルがゆっくり出来る日だから、仕事の話はやめてもらいたいと伝えたのだ。
「oh……それは気が回らなかったよ。ごめん、ノエルさん。ボクばかりワクワクしちゃって迷惑だったよね」
「一緒に仕事がしたいって言ってくれることは嬉しかったよ。でも、内容があまり好みじゃなかったから……」
「それはそうだよね、そもそもダメ元だったんだ」
天翔はそう言ってソファーから立ち上がると、こちらへとゆっくり歩いてくる。
そしてつま先から頭までを順番に見ていくと、その細長い人差し指で僕の鼻先にツンと触れた。そして。
「だって、ノエルさんには好きな人がいるから」
彼がそう呟いた瞬間、ノエルの表情が一瞬だけ強ばる。すぐに否定しようと言葉を探すが、それよりも早く彼女の前へ移動した天翔は、「予想通りだよ」と笑った。
「沖縄への修学旅行中に拡散されたノエルさんの写真。彼女を守って殴られた男の子が家に来る、偶然ではなかったってことだね」
「僕とノエルはそういう関係じゃないよ」
「それも分かってる。もし付き合っていたとしたら、キミは『彼女の家に他の女の子を連れて来た』ことになるからさ」
「なるほど、確かにね」
この尼寺宮 天翔という男はなかなかに頭が切れるらしい。そして瞳から溢れんばかりの感情から察するに、彼は僕のことを敵視している。
要するに彼はノエルのことが好きなのだ。そしてノエルの気持ちがまだ届いていないことも理解していて、そこを狙っているのだろう。
「安心してよ、ノエルさん。アイドルは恋愛禁止が暗黙の了解だけど、告げ口するつもりは無いから」
「利用するつもり?」
「心外だなぁ。ボクもノエルさんのことが好きだから、恋愛禁止のルールなんて邪魔だと思ってるだけだよ」
「……気持ちは嬉しいけど答えられない。私はアイドルとしてもっと成長するまでは、瑛斗くんとも付き合わないって決めたの」
彼女の言葉を聞いて、天翔はやれやれと言わんばかりに首を振る。
それから「世間の声は知ってるよね?」と呟き、ポケットから取り出したスマホの画面を見せてきた。
そこにはノエルと天翔が恋人関係なのではないかと言う内容のネットニュースと、それに対する世間の肯定的な意見が写っている。
「ファンのみんなはボクたちの関係なら許してくれる。でも、一般人が相手となるとそうはいかないよ」
「そんなこと分かってる、だから今は友達なの」
「あれから調べたけど、その
「瑛斗くんはF級だけど、S級の私よりもずっとすごい人間だよ。瑛斗くんがいたから、私は妹もアイドルも好きになれたんだもん」
「そうだとしても、ボクより勝っている要素なんてどこにも無―――――――――――」
『どこにも無い』。そう言い切るよりも早く、部屋の中にはペチンと言うビンタの音が響いた。
叩かれたのはもちろん天翔で、叩いたのはノエル。彼女は目を潤ませながら拳を握りしめると、驚いた表情で固まる彼に向かって叫ぶように言う。
「むしろ、勝ってない要素がないからっ!」
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