第426話

「ついに帰るのね」

「なかなか濃い3日間でしたから、少しばかり帰るのが惜しい気持ちになりますね」

「全くその通りだよ」


 ここは空港。朝食を食べてからシーツを剥がしたりゴミを集めたりなどの掃除をした後、ホテルの皆さんにお礼を言ってバスでここまで来た。

 家に帰るまでが遠足とはよく言うけれど、最後のプログラムが飛行機に乗ることだとすると僕ももう少し残りたい気持ちになるね。

 そんなことを思っていると、点呼を終えた担任の先生たちがそれぞれのクラスの生徒を集め始める。

 一緒に話していたノエルは、僕の背後から無言の『だーれだ?』をしていたイヴの手を握ると、2人で戻って行った。


「確かにもっと沖縄にいたいけど、僕はいつもの学校も好きだからね。それに終わりがあるからこその楽しさってのもあるだろうし」

「……そうね、たまにはいいこと言うじゃない」

「褒められると照れちゃうね」

「その割に表情は変わっていませんよ?」

「沖縄と離れる寂しさで相殺さたのかな」

「いや、顔に出ないのはいつも通りでしょうが」


 3人でそんな会話をしつつ、近付いてきた先生から飛行機のチケットを受け取る。

 何気なく確認してみると、渡した順番のせいなのか麗華れいかだけが通路を挟んだ向こう側の席になっていた。

 3人固まっていないのでは周りへの迷惑も考えて話しづらくなるだろう。それに何より、麗華にとっては僕と隣接した席ではないということが悔しいらしい。


「いいことを考えたわ。瑛斗えいと、私とチケットを交換してもらえる?」

「僕たちで交換しても意味ないと思うけど」

「意味ならあるわよ。瑛斗がもっと白銀しろかね 麗華れいかから離れれば、会話させないようにできるもの」


 悪い笑顔を浮かべながら悪い作戦を語る紅葉の横で、麗華がものすごく悔しそうに下唇を噛んでいた。

 さすがにその悪魔的な行為を現実にするわけにもいかないから、そっと断っておいたけれど。

 まあ、紅葉も紅葉で少しからかってやろう程度の気持ちだったようで、ダメなら仕方ないとあっさり諦めてくれたよ。


「どの道、瑛斗と話しやすいのは私だもの」

「ちなみになんだけど、麗華と通路を挟んだ隣に僕が居て、そのまた隣が紅葉でしょ? 一番奥は誰が座るんだろうね」

「そんなの分からないわよ。A組で1番最後にチケットを貰ったのが私だから、B組になるんじゃないかしら」

「そうだといいんだけどね」

「何よ、その意味深な言い方は」


 紅葉があまりにも怪訝そうな目でこちらを見てくるから、仕方なく先程耳にした噂話を教えてあげることにする。

 その内容を簡単に説明すると、行きの飛行機で綿雨わたあめ先生が3席確保していたのはてつづきのみすだったらしいのだ。

 帰りの便ではもちろん1席しか与えられず、おまけに自分の受け持っているクラスの生徒と並んで座ることになるんだとか。


「えっと、つまり私の隣って……」

「多分、綿雨先生だろうね」


 その『多分』が現実になるのにそう時間はかからず、席順で搭乗口から入っていく際、最後尾だった紅葉の後ろに先生が並んだ。

 集会だったりバス移動だったり、学校行事というものは先生が近くにいると不思議と緊張してしまうもの。

 紅葉も例外ではないらしく、先生が真後ろに立ってからは背筋を伸ばして身体を強ばらせてしまった。


「あの……東條とうじょうさん? 私が席を交代してあげましょうか?」

「え、瑛斗の隣は取られたくない……けど、安心して寝れもしないじゃない……」

「私だって先生の横で瑛斗さんに何かする気にはなりませんから安心してください」

「でも、嫌なものを押し付けちゃうみたいだし……」

「今更そんな気を遣います? 私が瑛斗さんの隣がいいと言っているのですから、東條さんは譲っちゃえばいいんですよ」

「……わかった、仕方ないから譲ってあげるわ!」

「ふふ、それでよろしい♪」


 さっきまであれほど睨み合っていたと言うのに、何だかんだ良き理解者でいてくれる麗華に、僕は心の中でお礼を呟く。

 ただ、クスクスと笑いながら場所を交代する麗華の背後で、「嫌なもの……押し付け……」と暗い表情をしている先生の顔は直視出来なかった。

 2人とも聞こえないように話してるつもりだったのかもしれないけれど、普通に筒抜けだったんだね。


「先生、ごめんなさい」


 そんなことに気付く様子のない彼女たちの代わりに、僕が小声で謝っておいたことは言うまでもない。

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