第425話

 S級集会の数時間後。

 僕は寝苦しさを感じて目を覚ました。暗闇の中で聞こえてくるのは呼吸音だけ。ただ、それが自分のを除いて2つある。

 まさか瑠海るうなさんが復讐しに忍び込んだのかと思ったが、どうやらそういう訳では無いらしかった。

 だって、不明な呼吸音の発生源の正体が、何故か開いている窓から吹き込んだ風がカーテンを揺らしたことでチラリと見えたから。


「……誰?」


 しかし、寝転ぶ自分の上に跨るようにして待機していた彼女は、名前すらも知らないほど関わりのない相手。

 下手に動けば何をされるのかすら分からないため、抵抗もできなければ目をそらすことも出来ない。

 手足を縛られている訳でもないと言うのに、その姿を見てしまってからはベッドに吸い寄せられているかのように固まってしまった。


「ちーちゃん、ずっと狭間っちのこと気になってたんだよね」

「気になってた……?」

「学園長の甥っ子で恋愛を禁止されてるF級。ちーちゃんはね、君のことを落としに来たんだ」

「叔父さんの差し金ってこと?」

「そゆこと♪ 察しのいい君にはひとついいことを教えてあげちゃう!」

「……?」

「実はね、学園長はS級の女子生徒を使って君に恋愛をさせようとしてるんだよ」

「……それで?」

紅葉くれはっちも麗華れいかっちも、落とした暁に手に入るSS級の称号が欲しいだけなんだよねー」

「なるほど。要するに、僕に好意を寄せていると見せかけているだけだと」


 目の前に突然現れた女生徒は、僕が信頼している2人からの言葉が嘘なのだと告発しに来たのだ。

 しかし、彼女自身もそちら側の人間であるため、一見すると何の得にもならなそうな行為だが……。


「そうそう♪ だからね、どうせ好かれてないなら完璧美少女なちーちゃんと付き合っちゃわない?」


 よく考えられているらしい。裏切られたということを知ったショックに漬け込んで、紅葉たちの思い通りさせないように名前も知らない彼女に勝たせる。

 確かに復讐や人間の怒りという観点においては、とても優秀な事の運び方をしているに違いなかった。

 きっとこの作戦が完璧に進んでいたとしたら、僕も言いくるめられてしまっていただろう。

 ……ただし、いくつかの予想外が無ければ。


「ごめんね。僕、全部知ってるからさ」

「……え?」


 第一に、僕は勝負のことを知っていた。というよりかは、これまでの紅葉や麗華、それからノエルたちのやり取りを見ていて察したのだ。

 だから、今更それを直接言われたところで傷ついたりはしないし、何の不信感も抱きはしない。


「あと、僕が言うのもなんだけどさ。紅葉も麗華も、好きって言葉に嘘はないと思うよ」

「ど、どうしてそんなこと言えるのかな……?」

「僕がみんなのことを好きだから」

「……は?」

「僕は悪意に敏感なんだ。自分に悪いことをしてやろうって気持ちがあれば、僕もその人のことを嫌いになるよ」

「何を根拠にそんなことを……」

「僕は君のことが大嫌いになったから」


 その言葉に少しうろたえた彼女は、それでも負けじと「ちーちゃんは親切心で教えてるのに!」と言い返してくる。

 だが、ちーちゃんと名乗る女生徒はやはり知らない。彼女がこの部屋に忍び込むよりずっと前から、この状況が予想されていたことを。


「きっと同じ気持ちでしょ、2も」


 僕がそう言うと、枕元に置かれていたデバイスから声が聞こえてくる。

 数時間前から通話が繋がれているのだ。スピーカーの向こう側にいるのはもちろん紅葉と麗華。

 彼女たちが今夜にでも紺野こんのという女生徒が部屋にやってくるだろうから気をつけて欲しいと、事前に注意喚起をしておいてくれたのである。


『私が瑛斗のことを本気だなんて、今更言う必要も無いわよね』

『私だって本気です。モデル女にこの気持ちを汚されたこと、絶対に許しません』

『瑛斗も言ってやりなさいよ!』

『斬り捨てちゃってください!』


 2人の言葉に頷くと、僕はまだ降りようとしない紺野さんのことを見つめる。

 それからわざとらしく深いため息をつくと、心からの言葉を何にも変換することなく口にした。


「僕を落とす落とさない以前に、人としてどうなのかって話だよ。誰かの気持ちを嘘だと吹き込むなんて」

「っ……どうしてそんなに信用してんだよ……」

「紅葉から聞いたよ、僕たちのこと観察してたんだってね。それなら分かるんじゃないかな」


 痛いところを突かれ過ぎて黒い部分が漏れ始めている彼女に、僕はトドメとばかりに言って見せる。


「僕たちがだからだよ」


 その言葉は紺野さんの傷口の深くへと突き刺さったようで、彼女はプルプルと震えながらベットを降りるとそのまま侵入経路であろう窓から出ていってしまった。


『これでしばらくは変なことをする気にはならないでしょうね』

『そうだといいのですが。逆ギレして刺されでもしたらどうしましょう』

『縁起でもないこと言わないでもらえる?』

東條とうじょうさんが刺されるのは大歓迎なのですけど』

『……ほんといい性格してるわね』

『ふふ、冗談ですよ♪』


 スピーカーの向こうで何やら物騒な話をしているが、僕は開放された瞬間に襲いかかってきた疲れに身を委ね、そのまま眠りに落ちてしまうのだった。

 翌朝、繋ぎっぱなしの通話から聞こえてきた2人の寝息にホッコリしたことは、また別のお話である。

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