第427話

 楽しかった修学旅行が終わり、久しぶりに自分のベッドの上で目を覚ました僕は、あまりの寒さに捲りかけた布団に再度包まった。

 だが、今日は予定があるからもう起きなければならない。そう決心をして起き上がろうとした瞬間、思いっきり抱きつかれてまたもベッドに押し付けられる。

 犯人は昨晩強引にベッドへ侵入し、そのまま隣で眠ってしまった奈々ななだ。


「奈々、起きさせてよ」

「ダメだよ、お兄ちゃん。だって約束破ったんだもん、その罰だからね」

「それはごめんって昨日も謝ったでしょ?」

「私がお兄ちゃんを責められるネタを……いや、傷つけられたことを簡単に忘れられると思う?」

「今、ものすごく悪いことを言いかけたよね。というかほとんど言ってたよね」

「とにかく、電話しなかった罰はディープキスでもしてもらわないと消えないのっ!」

「……はぁ」


 彼女の言う通り、僕は出発の前日に『毎晩電話する』と言って安心させてあげたにも関わらず、一度も電話をしなかったのだから。

 これは確かに罰を受けて当然ではあるし、こんなにも甘えん坊になってしまうほど寂しかった気持ちも分かる。

 だから、力づくでお断り!なんてことは、罪悪感のせいで出来ないのだ。


紅葉くれは先輩たちには毎日会ってたくせに、私のことは放ったらかしだったもんね?」

「返す言葉もない」

「ずっとスマホの前で待ってたのになぁ。まだかなまだかなって3時間も待ってたのになぁ?」

「自分からかけてこればよかったのに」

「だって、迷惑になるかもしれなかったから……」


 しゅんと俯いてしまう奈々の様子を見ていると、無意識にスマホの前でワクワクしながら待機している彼女の姿が思い浮かんでくる。

 時間が経つごとに不安になるものの、僕が約束を破るはずはないと信じて待ってくれていたのだ。

 そう思うとすごく切なくなって、気が付けば奈々のことをぎゅっと抱き締めていた。


「ごめんね、寂しい思いさせて」

「……結婚してくれたら許す」

「それは出来ないよ」

「じゃあ、ほっぺにちゅーして」

「そこまで要望を下げられたら……断りづらいね」


 唇ではなく頬だと言うのなら、あくまで兄妹のスキンシップの範疇に収まるだろう。

 多少強引ではあったが自分の心を納得させた僕は、今一度「するよ?」と確認してから彼女の頬に唇を触れさせた。だが。


瑛斗えいと、何やってるのよ」


 背後から聞こえてきた声に、思わず唇の先端のみのタッチだけで終わらせてしまう。

 奈々がそれに対して不満を覚えたことは言うまでもなく、その矛先は邪魔をした紅葉へと向けられた。


「お兄ちゃんのキスは貴重なのに、どうして邪魔しちゃうんですか!」

「そりゃ邪魔するでしょ。あなたは瑛斗のことが好きで、私も瑛斗が大好きなんだから」

「私だってお兄ちゃんを大好きですぅ!」

「いくら好きでも結婚できないくせに」

「あー! 言っちゃいけないことを言いましたね!」


 朝から睨み合いの喧嘩を始める2人を何とか宥め、互いに詰め寄った距離を離させる。

 彼女たちが自分のことを好きだと言ってくれるのは、友達でも妹でもうれしいけれど、それよりも気になることがあるのだ。


「紅葉、どうやって入ったの?」

「決まってるじゃない、ベランダから飛び移ったのよ」

「……沖縄でインターホンの押し方忘れた?」

「ち、違うわよ! ね、寝顔を覗こうと思って……」

「うわ、もはやストーカーですね」

「奈々ちゃんは黙ってて」

「そもそも、よくその身長で飛べましたよね。私でも怖いっていうのに」

「こう見えて走幅跳は5m以上飛べるのよ」

「体が軽いからですかね」

「何を言っても身長に繋げるのやめてもらえる?」

「あ、胸が平らだから空気抵抗も少なそうですよね」


 満面の笑みでそう言う奈々に、紅葉が「瑛斗、一発殴ってもいいかしら」と拳を握りしめるので、「高い高いするから許してあげて」と説得したら僕の方が殴られてしまった。

 その割には一応してもらっておくなんて言うし、されたらされたで嬉しそうな顔をするし。まったく、理不尽にも程があるよね。

 まあ、楽しいなら僕も満足だけどさ。


「それで何か用? さすがに寝顔覗きに来ただけってわけじゃないよね」

「ええ、もちろん。今日、修学旅行のお土産を私に回るんでしょ? 私も一緒に行こうと思って」

「そういうことならいいよ。お昼頃に届くはずだから、準備出来たら連絡するね」

「いいえ、それまでここにいるわ。別に問題は無いでしょう?」

「もちろん無いけど……」


 ただ、奈々はそれを許したくはないようで、僕の背中に半分隠れながら「がるる……」と威嚇している。

 その後、ベッドでごろごろしたり僕と話したりする度に、噛みつかんばかりの勢いで睨む彼女を抑えるのが大変だったことは言うまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る