第423話

 怒られて少ししゅんとしていたところで舞台上に登場したのは、何やら大きな箱を抱えた瑠海るうなさん。

 下着云々の特技はキャンセルしてもらったはずだけれど、その代わりに一体何をするつもりなのだろう。

 そう思いながら眺めていると、彼女は箱から空き瓶を3つとうんまい棒を3つ、それからサッカーボールを2つ取り出した。


「まず、空き瓶でジャグリングします」


 そう宣言した瑠海さんは言葉通りジャグリングを始める。それだけでもサーカスの一部分のような芸に、観客はそれなりに湧き上がった。

 だが、彼女の特技はこんなところでは終わらない。机の上に置いてあったうんまい棒を足の甲でふわっと浮かせると、それを口でキャッチする。

 それから空き瓶が片手を離れた一瞬の隙に反対側を掴むと、歯を使って袋を開封した。

 袋が開けば中身を取り出してジャグリングの輪の中へと加える。それを繰り返して空き瓶3本とうんまい棒3本が宙を舞い始め、これで完成経過と誰もが思った矢先……。


「このサッカーボールも使います」


 そう口にした瑠海さんは、ノールックで2つのボールを軽く蹴り上げると、足でもボールを使ったジャグリングを始めた。

 それを1分ほど続け、そろそろ終わりだという雰囲気が漂ってきた頃、彼女は先程よりも高めにボールを浮かせる。

 そしてジャグリングの中からうんまい棒だけを取り出して食べてしまったかと思えば、横に一回転しながら落ちてきたボールを再度同じ高さへと蹴り返す。

 その次の行動を見て、観客は思わず同時に「おお……」と言う声を漏らした。


「っ……」


 一瞬だけ膝を僅かに曲げた瞬間、手元に来るタイミングのバラバラな3つの瓶を、力加減だけで同時に自分の頭の高さへ来るよう調節する。

 直後、靴裏から取り出した折りたたみナイフを構えると、瓶が胸の高さへと落ちてきたタイミングを見計らって水平に腕を振った。

 まるで豆腐のようにスパッと切れた……はずの空き瓶たちは落下地点に設置された机の上に着地すると、そのままピタリと動かなくなる。

 蹴り上げたボールはと言うと、失敗してしまったのか片方は天井から吊り下げられたライトに引っかかってしまった。

 もう片方はバク転しながらキャッチされ、それだけでも観客は大盛り上がり。

 しかし、瑠海さんはその声を右手を上げて制止すると、静かになったことを見計らって並ぶ空き瓶たちを指差した。


「こちら、一見切れていないように見えますよね」

「「「「…………」」」」コクコク

「ですが、本当は切れています。いや、割れていると言うべきでしょうか」


 彼女が言うには、物体には必ず弱点が存在するらしい。そこをものすごい速さで攻撃した場合、絶妙なバランスで形を保ちながら壊れるんだとか。

 その証拠に瑠海さんが軽く息を吹きかけると、3つの空き瓶は跡形もなくバラバラに砕け散った。さすがは裏社会の暗殺者だよ。


「これで私の特技を終わります」


 深々とお辞儀をして主人である麗華れいかの元へと帰ってくる彼女。

 僕が『引っかかったボールはどうするんだろう』なんて思っていると、誰かが何かに気付いたように「あっ」と声を発した。

 一体何事かと声の主の視線を追ってみれば、ボールの重さでライトが傾いたことにより、引っかかりが解消されてボールが落ちてきていたのだ。

 その落下地点にはちょうど移動中の瑠海さんがいて、彼女は声を聞いてもなお上を向く気配はない。

 これは危ないと咄嗟に立ち上がろうとした瞬間、素早く床に手をついた瑠海さんが、空中で体をひねりながら全力でボールを蹴った。

 一直線に飛んでいく先には壁……ではなく、暗闇に溶け込んでいた紫波崎しばさきさんがいるではないか。

 予想外のことにさすがの彼も反応が間に合わず、キャッチは出来たものの腹部にボールがめり込んでしまう。


「ここまでが私の特技ですよ」


 スタッと着地した瑠海さんは痛みに耐える紫波崎さんを真顔で眺めた後、短いため息をつきながら横目で僕の方を見た。そして。


「先程のお返しですから、ね?」


 静かに燃える怒りの炎を感じ、しばらく何も言えなかったことは言うまでもない。

 拘束したこと、本当は怒ってたんだね……。

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