第422話

 食事を終えた後、瑠海るうなさんも参加する予定のイベントのために、食器や余った料理が全て回収されていく。

 参加者はみんな用意された舞台裏に待機するようで、僕たちは軽く手を振りながら歩いていく瑠海さんの背中を見送った。

 その途中で小走りで移動する萌乃花ものかの姿も見えたから参加するのかと思ったけど、どうやらそうじゃないらしい。

 彼女は取り上げられたお皿にしがみついて、「まだ食べ足りないですよぉー!」と叫んでいたから。

 これも見方を変えればひとつのエンターテインメントと思えなくもないけれど、一つだけ言わせて欲しい。萌乃花、既に6回おかわりに行ってたよね。


「萌乃花と結婚した人は、食費が大変なことになりそうだね」

瑛斗えいとはいっぱい食べる人って好きかしら」

「量は気にしないかな。でも、美味しそうに食べる人は好きだよ」

「……萌乃花ちゃんに惚れちゃダメよ?」

「確かに彼女は美味しそうに食べるけど、それだけで好きにはならないよ」

「でも、今度デートするのよね?」

「少しお出かけするだけだから。紅葉くれはが心配するようなことは何も無いって」

「向こうがどうか分からないじゃない」


 紅葉はどこかソワソワした様子でそう言うと、僕の服の裾をぎゅっと掴んでくる。

 そんな彼女に「心配性だね」と呟くと、不満そうな顔で「新しい敵が現れたんだもの」と返された。

 萌乃花にも僕にもそんな気なんて全くないっていうのに。まあ、嫉妬してる様子が可愛らしいから、もうちょっとこのままでもいいかもね。


「それでは皆さん、そろそろ始めますよ〜」


 舞台の上に立った綿雨わたあめ先生は、パンパンと手を叩いて生徒たちの注目を集める。

 今回の司会は彼女が務めてくれるらしい。部活の顧問は片っ端から断るくせに、こういうところでちゃんと働くとはかなり意外だ。


「これから全ての照明を消して舞台にスポットライトを当てますが、暗いからって悪いことをしたらダメですからね〜」

「せんせー! 悪いことってなんですか?」

「ふふ、賢いあなたたちなら分かると思いますよ〜」


 先生の言葉に調子に乗って質問をした生徒も、周りの友人と盛り上がった様子で話しながら上げていた手を下ろす。

 彼女が言っていることは要するに、『暗がりで異性に手を出すようなことはするな』ということだ。

 もちろん僕はそんな卑劣なことをしようなんて考えないし、そもそもしたいとすら思わない。ただ、両サイドの二人は違ったようで―――――――。


「あれってフリよね」

「間違いありません」

「私たちってちょうど端っこの席なのよ」

「舞台に注目が集まる限りは……」

「こちらを見ないでしょうね」

「ふふ、チャンスですよ」


 一言話す度に、半歩分イスが近付いてくる。それを繰り返しているうちに、気が付けばイスどころか肩が触れ合うような距離になっていた。

 彼女たちはニヤニヤと悪い笑顔を浮かべると、手始めにと言わんばかりにそれぞれ近い方の手を握ってくる。


「瑛斗の手って綺麗よね」

「ずっと触っていたくなります」

「ちょっとお二人さん?」

「ねえ、頭撫でてもらえるかしら」

「私もお願いしたいです」

「別にいいけど……」


 両手を使って言われた通りに撫でてあげると、彼女たちは嬉しそうに微笑んでからギュッと腕に抱きついてくる。

 紅葉が甘えん坊になることはない訳では無いし、それに感化された麗華れいかも同じようにと言うのはよくあることだ。

 ただ、それにしても様子がおかしい。暗闇になっただけでこんなにも積極的になるものなのだろうか。

 恥ずかしがり屋な女性も、夜の営みの際に電気を消してあげると積極的になるらしいのと同じ理由なのだろうか(ネット調べ)。


「ねえ、ちょっと暑苦しいんだけど」

「少しくらい我慢してちょうだい」

「どうしちゃったの?」

「だ、だって……修学旅行最後の夜なんですよ。もう終わりだと思うと寂しくて……」

「私もよ。帰ってからもこう出来るけど、特別な日は二度と来ないんだもの」

「紅葉、麗華……」


 2人の気持ちに少しうるっと来てしまった僕が、彼女たちを交互に撫で続けたことは言うまでもない。

 そして、そのせいで舞台上で行われていることを見るのに集中できず、綿雨先生に怒られてしまうのであった。

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