第421話

瑠海るうな他人ひとの下着を使いたい時は了承を得るようにしてください」

「すみませんでした」

「まあ、さすがに人前に出されるわけにはいきませんから、今回のような場合は貸せませんけど」

「別のケースなら貸していただけるのですか」

「悪いことに使わないのなら、です」

「安心して下さい。お嬢様の下着を少しばかり嗅ぐだけですので」

「……少しだけですよ?」


 小声で話していても丸聞こえな麗華れいかたちの会話に『少しならいいのか』と思いつつ、僕はお皿の上のパスタを口元へ運ぶ。

 修学旅行最後の夕食はパスタとスープ、それからパンにグラタンといった献立だ。

 パスタは5種類から選べたから、食べたことの無いバジルパスタを選んでおいたよ。これがなかなか美味しいんだよね。

 ちなみに紅葉くれははカルボナーラを食べている。定番だけど選んでおけば間違いない味だ。


「ねえ、瑛斗えいと

「どうしたの?」

「カルボナーラって、よくベーコンが乗ってくるじゃない?」

「乗ってくるね」

「これ、最初に食べるか後に食べるか、それともパスタと一緒に食べるかって迷うのよ」

「ものすごく平和な悩みだね」


 確かに好きな物は後に残して、嫌いなものだけ先に食べてしまえば、食事を幸せに終わらせることが出来る。

 ただ、パスタは別に嫌いではないだろうし、本来は一緒に食べることで味を引きたて合うことが出来るはずなのだ。

 それでも最後に残して起きたくなる気持ちは分からないでもないね。僕もコーンポタージュはコーンを先に食べてからスープを一気飲みする派だし。


愛実あみ、そっちも美味しそうだな」

「あーんしてあげようか?」

「……それは恥ずかしいな」

「男らしくなるんでしょ?」

「お、おう! ドンと来い!」

「ふふ、食べさせてもらうだけなのに、そんな気合い入れられても困るって」


 向かい側に座っているバケツくんと愛実さんは、相変わらず仲良さそうに食べさせ合っている。

 その様子を微笑ましいなと思いながら眺めていると、突然横からパスタの巻かれたフォークを差し出された。


「ん?」

「……ほら、して欲しいんでしょ?」

「そんなことないけど」

「羨ましそうに見てたじゃない」

「幸せパワーを分けてもらってただけだよ。まあ、くれるって言うなら有難くもらうけど」

「そ、そんな言い方ならあげないわよ」

「じゃあ、いいや。自分のだけで足りるし」

「っ……そこは残念がりなさいよ!」


 くれると言ったりあげないと言ったり、コロコロと気が変わる紅葉に困っていると、今度は反対側からもフォークを差し出される。麗華だ。

 ただ、こちらにはパスタが巻かれていない。一体何を求められているのかと顔を見てみれば、彼女はくすくすと笑ってフォークの先端を僕の唇に当ててきた。


「ふふ、私の使用済みですよ。好きなだけ舐めていただいて構いません♪」

「僕にそういう趣味は無いよ」

「それでは言い方を変えましょう。私が舐めて欲しいので、私が満足するまで舐めて頂けますか?」

「せめてパスタがあればいいんだけど」

「すぐに用意しましょう」


 彼女がそう言い終わる前に瑠海るうなさんはパスタを巻き終えると、それを何の指示もなしに主人が開いた口へと運ぶ。

 麗華は少し口内を動かすと、唇の隙間からちょこっと出したパスタの先端をこちらに向けて、物欲しそうな目でじっと見つめてきた。

 これはつまり、フォークの代わりに直接マウスtoマウスで食べろということらしい。

 もちろんそんなどこぞのコメディアニメみたいなことは出来ないので、そっと彼女の顎に手を添えて咀嚼を手伝っておいた。


「むっ……キス食べは不満ですか?」

「お行儀が悪いからね」

「でも、私の方は食べれるわよね!」

「やっぱり食べて欲しかったんだ?」

「う、うるさい! いいから食べなさいよ!」

「私の方を先に食べてください!」

白銀しろかね 麗華れいかは後でしょうが」

「食べたい方から食べて頂くべきです。ね?」

「それでも私の方が先に決まってるわ」

「ふふ、答えは瑛斗さんに聞きましょうか」


 バチバチと火花を散らしながら、グイグイとフォークを近付けてくる2人。

 ここでどちらかに勝ちを与えてしまうのは良くない。そう僕は悩みに悩み抜いた末に、両方のパスタを同時に食べたのだった。

 我ながら血迷った判断だと思うよ。さすがにカルボナーラとイカスミパスタが混ざった味は、お世辞にも美味しいとは言えなかったし。


「……引き分けですか」

「……そうみたいね」

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