第420話

「本当に別の特技にしてくれるんですね?」

「私の目を見てください。嘘を言っているように見えますか」

「すごく見えます。というか、光を感じられません」


 あれから数分後、解放して欲しいと言う瑠海るうなさんが信用出来ず、僕と紫波崎しばさきさんはまだ見張りを続けていた。

 そもそも、体の至る所から脱出手段を取り出してくるから、いつ暴れ出すか分からないんだよね。

 そんな彼女を捕獲した紫波崎さんって、本当に何者なんだろうか。


「ところで、ここにいたはずの男子生徒を知りません? そろそろ夕食の時間なのに戻ってこないんですよ」

「確か……小宮こみや様ですね。彼なら別の場所にいるのを、ジップラインの試し乗りの際に見かけましたよ」

「別の場所ですか?」


 紫波崎さんが言うには、女子生徒と一緒にホテルの建物から出てベンチに腰かけていたらしい。

 おそらく女子生徒というのは愛実さんのことで、カップル仲良く語り合いでもしていたんだろうね。

 何はともあれ、この状況を目撃されたりしなくてよかったよ。慣れていない彼らには少しばかり刺激が強すぎるだろうから。


「……」

「静かになりましたね」

「寝ちゃいました?」


 突然抵抗をやめた瑠海さんを、僕たちは首を傾げながら観察してみる。

 制服姿の彼女が拘束されている様子は、どこかエロティックに見えなくもないけれど、それ以上にスカートの裾から見えている折りたたみナイフが恐ろしかった。

 それに気付いた紫波崎さんが取り上げておこうと手を伸ばした瞬間、突然瑠海さんが起き上がる。

 いつの間にか左手首の拘束が外されていた。確かに数秒前までは繋がれていたはずだと言うのに。


「……瑠海様、どうやってそれを……?」

「簡単です。目を閉じて拘束具の触れている箇所を認識すれば、あとは手首の関節を外して輪から引っこ抜くだけですから」


 そう言いながら左手首をグイッとやってはめ直した彼女は、まだ拘束されたままの右手首に目を向けると、短くため息をついて腕を前へと突き出す。

 それと同時にロープはあっさり千切れると、自由の身になった瑠海さんがベッドのバウンドを利用して2mほど後退りした僕の前まで一気に飛んできた。


「私にはどんな拘束も通用しませんよ」

「……それが出来るのに、わざと僕たちに止めさせていたんですね」

「手首に食い込む縄の感触が気持ちよかったので」

「え、瑠海さんってそういう人だったんですか」

「冗談ですよ。お二人の必死さを高みの見物していただけですから」


 彼女は口元だけをニヤリとさせると、「その頑張りに免じて、下着は諦めてあげます」と言いながらバックステップで窓から飛び出す。

 そして、そのままベランダの手すりの上に着地すると、「返却はお任せしますね」なんて口にして上の階へと上って行ってしまった。

 僕と紫波崎さんはその様子を眺めた後、ベッドの上に放置されたままの下着を見つめて深いため息をこぼす。


「何と言って返すのが正解なんですかね」

「それは私にも分かりません。女性の扱いは……あまり得意では無いので」

「そうですよね」


 話を聞く限り瑠海さんは慌てて逃げて来たみたいだし、部屋はある程度荒らされた状態になっていただろう。

 そうなれば下着が減っていることにも既に気が付いている可能性が高い。

 そのタイミングで渡しに行ったとなれば、疑われるのは間違いなく僕たちだ。プールにいたというアリバイがあったとしてもね。


「もう一度瑠海さんを捕まえるというのは……」

「あの方は私にも手に負えませんね。どこまでもずるくて賢いですから」

「そう、ですよね」


 その後、ようやく帰ってきたバケツくんに変な目で見られたものの、事情を話すと愛実さん経由で返却してくれることになった。

 話を完全に信じてくれた訳では無いらしかったけれど、彼女がバケツくんとずっと一緒にいたことと、僕がプールにいたことから2人とも疑う余地はないと推理してくれたらしい。


「持つべきものは友だね」

「感謝しろよ?」

「うん。感謝はするけど、愛実さんのものらしき下着をやたら触ってることは言いつけるね」

「ちょ、そこは男同士の秘密だろ? な?」

「……分かったよ。その代わり、紅葉と麗華のは触らないでね、怒ると怖いんだから」

「おう。大きささえ見れば判断できるぞ」

「ちなみに愛実さんは?」

「あの二人を足して2で割ったくらいだな」

「なるほど。それは分かりやすいね」


 僕がうんうんと頷いた後、チラッとだけ確認して『やっぱり一目瞭然だ』と心の中で呟いたことは言うまでもない。

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