第418話

 萌乃花ものかは咄嗟に手で防いだものの、体に当たったことに変わりはない。

 負けてしまったという事実に落ち込んだのか、その場にストンと崩れ落ちてしまう彼女を慰めてあげたかったけれど、今はそんなことをしている余裕は僕にもなかった。


「次は瑛斗えいとさんの番ですよ!」


 その声と同時に飛んできた水風船を避け、慌てて障害物の影に身を潜める。

 しかし、麗華れいかも体がよく動くようになってきたのだろう。素早い動きで真横まで駆け込んでくると、もう次の水風船を構えていた。

 僕は反射的な判断を信じてしゃがむと、水風船は顔があった位置を通過して別の障害物にぶつかる。

 ここが狙い目だとこちらからも攻撃を仕掛けたけれど、攻撃手段を握りしめた腕は惜しくも彼女に叩かれ、その隙に逃げられてしまった。


「麗華、そろそろ決着をつけよう」

「ふふふ、正面から向かい合って戦えということですか?」

「正々堂々とやろうよ」

「私はこちらの方がやりやすいのですが……いいでしょう。その代わり、こちらが勝ったら今度デートしてくださいね」

「別に勝たなくてもするけど」

「こういうのはモチベーションなんです。とにかく、勝ったらデートですよ!」

「まあ、麗華がそれでいいならそうするけど」


 何やら彼女なりの決意があるらしいけれど、とりあえず絶えず移動し続けていた状態から足を止めてくれたから、それに関しては良かった。

 ここからの1位決定戦は西部のガンマン的方法で終わらせようと思う。お互いに背中を向け合い、5歩進んだところで振り返って攻撃する。

 麗華に了承を取ってからピッタリと背中を合わせた僕たちは、同時に足を踏み出しながら数字を数え始めた。


「「1」」


 ピチャリと聞き慣れた足音が響く。


「「2」」


 俯いて座り込んでいる萌乃花が視界の端に写った。


「「3」」


 心を無にし、ただただ頭の中で予行演習をする。


「「4」」


 腰に携えた水風船に手を添えた。そして。


「「5」」


 そう言い終わるが早いか、お互いに水風船を手に取って振りかぶる。

 その瞬後には2つの銃弾が放たれ、目指すべき場所目掛けて一直線に飛んで行き―――――――。


「……」

「……」

「……やりますね、瑛斗さん」

「……麗華もね」


 胸元のプレートにゼロが刻まれたのは、僕ではなく麗華の方だった。

 彼女が放った水風船は惜しくも僕の左耳スレスレを飛んで行き、虚しく弾けてしまったのである。

 これによって僕の優勝が確定し、長かった戦いに終止符が打たれたのだった。


「萌乃花、僕勝てたよ。萌乃花のおかげだよ」

「……えへへ、嬉しいです」


 急いでぐったりとしている萌乃花の背中を支えながら起き上がらせてあげると、彼女は静かに微笑みながら腕を広げる。

 勝利の喜びを分かち合うため、ハグをして欲しいということだろう。僕はそう判断すると、躊躇うことなく萌乃花を抱き締めた。……しかし。


「…………え?」


 突如として背中に感じる冷たい感覚。恐る恐る振り返ってみれば、自分の腰に添えられたはずの彼女の手には、ピンク色のゴムの破片がくっついているではないか。

 一体何が起こったのか分からないでいると、アナウンスによって『ピンクチームの勝利』という事実が告げられた。

 まさかと思って視線を萌乃花の胸元に移すと、そこに取り付けられたプレートに表示されていたすうじは……ゼロではなくて『1』。

 ここまで来ればさすがに理解せざるを得ない。僕は萌乃花に裏切られたのだ、と。


「萌乃花、負けてなかったんだね」

「何とか体に当たるのだけは防いだんです! えっへん♪」


 彼女の話によると、麗華からの攻撃を受ける直前、手に水風船を持っていたんだとか。

 それを強めに握って極限までゴムを伸ばしておけば、投げられた水風船をそこにぶつけた衝撃で割ることが出来る。

 そうすることで自分の体に水風船自体を触れさせることなく、水風船の中の水だけを浴びてアウトになったかのように見せたのだ。

 簡単に言えば、ものすごく難しいトリックを一人で成功させたということになる。……萌乃花にはステータスでは測れない賢さがあるみたいだね。


「これは完敗だよ」

「えへへ♪ そういうわけですから、麗華ちゃんがもらう予定だったデート権、私が貰ってもいいですか?」

「別にいいけど、あの2人はなんて言うかな」


 既に話を聞いていた麗華からは怖い目で見られているし、紅葉もきっと同じような顔をするはずだ。

 萌乃花のためにも危険な目には合わせたくないけれど、本人がどうしてもと言うなら買ったご褒美は取り上げられないよね。

 自分とのデートをご褒美だなんて言っていいのかという問題は、考えると少し悲しくなるから忘れておこう。


「私だって男の子とデートしてみたいんです! ただ、自分の不幸に巻き込むと悪いので……」

「あ、僕ならいいんだ?」

「瑛斗さんは不幸に巻き込まれても、なんだかんだ優しいままでいてくれます。安心してデートできると思えるんです!」

「……まあ、そういうことなら行くよ」


 女子高生のささやかな夢を叶えてあげるというのも、きっと清々しいものだろう。

 何度も言うけれど、自分とのデートで満足してもらえるかという問題は、この際無視するとしてって前提があるけれどね。


「やった! 楽しみにしてますね!」


 この幸せそうな笑顔が見れるなら、少しくらい不幸な目にあっても我慢できるよ。

 例えその不幸が、他の女子高生2人から怖い顔をされるなんてことだとしてもね。

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